39
ピンと伸びた背筋に、こちらまで姿勢を正さねばならないと思ってしまうような威圧感。わたしよりも頭一つ分小さいにも関わらず、逆らえない、と思ってしまうような女性。
「フィオレンテと申します。以後、お見知りおきを」
にっこりとほほ笑む彼女は、わたしと同じくらいか、幼く見える。童顔、というのだろうか。
しかし、子供らしさなんて一切感じられない。ディルミックには悪いが、『本物の貴族』というものを見た気がして、わたしは返答に困ってしまった。なんと返したら正しいのか、分からないのだ。
ディルミック相手になら、間違えても大丈夫だ、と気安くなっていたのかもしれない。
とりあえず、隣にディルミックがいるのだ。何かやらかしても、最悪、始末されることはあるまい。
名前を教えて貰って、黙っているのが一番失礼だと思い、わたしは頭を下げ、「ロディナです。お世話になります」と言った。何も言わないよりはマシ……マシだよね? マシだと言ってくれ。
フィオレンテ……さん? 夫人? 様? なんて呼べばいいんだろうか。取り合えずフィオレンテさんとしておこう。
フィオレンテさんから何も返答がない。
少しの沈黙の後、ようやく彼女は口を開いた。
「ディルミック。彼女には文字より、なにより、礼儀作法を先に叩きこむべきだわ」
「いや、しかし……」
「ディルミック」
「はい」
ディルミックも彼女には逆らえないのか、言葉一つで黙らされてしまう。しかしディルミックに文句の一つも言う気にはならない。わたしだって同じ立場なら黙る。
「屋敷から一歩も出さないで飼い殺すのであれば、このままでもいいでしょう。でも、次のテルセドリッド王子の婚約パーティーに彼女も参加させるのよね? わたくしはそう聞いています」
「その通りです」
どうやら話は通してくれていたらしい。どうでもいいけど、第三王子の名前、テルセドリッドというのか。……すぐ忘れそうだな。
「であれば、彼女はこのままパーティーに出すわけにはまいりません」
「でも……」
「ディルミック」
「叔母様の思うように」
フィオレンテさん強いな。
「ディルミック、貴方はある意味で自分の顔に自信があるのでしょう? 『こんな醜男に話しかけてるなんて、ましてや近付く相手がいるなんて思えない』と。確かにそれは事実でしょう」
はっきり言うな、この人。
でも、わたしもディルミックも、何も言えない。彼女の威圧感に負けて、話の腰を折ることが出来ないのだ。
「しかし、貴方が常にそばにいたとしても、何か不慮の事故は起きうるのです。ましてや、彼女は平民なのでしょう。貴方以外の後ろ盾がない。ただでさえ貴方は不名誉な噂がいくつもついて周っているのです。情けないミスで連座になるなど、一族の恥です」
フィオレンテさんはハッキリ言わないが、口ぶりからして、その、首が物理的に飛ぶとか、そういう……。貴族こわ……。
「グラベイン文字を習得したいと聞いているけれど、何も論文を書いて学会で発表したい――というわけではないのでしょう?」
「ち、違います!」
「ならば、パーティーの後から学ぶのでもいいのではなくて? まずは付け焼刃でも礼儀作法を覚えなさい」
もはや提案ではなく、決定事項の様に彼女は語る。
しかしわたしもディルミックも、彼女の威圧で断れない上に、フィオレンテさんの言い分が正論すぎてなにも言い返せず、わたしはパーティーまで、みっちりとカノルーヴァ辺境伯夫人としてふさわしい女になるため、教育されることとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます