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名刺サイズの小さなメッセージカード。二つ折りにもなっていなくて、本当だったらこれだけで渡すのではなく、プレゼントや花束に添えるのだろうな、というものだ。
「これもくれるのか?」
そう言ってディルミックはわたしから、そのメッセージカードを受け取る。にこにことしていたディルミックの表情が固まり、驚愕に目を見開いていた。
「この、字……! 叔母様の……」
「はい、義叔母様からです」
短いわたしの手紙より、さらに短い、というかむしろ『誕生日おめでとう』の一言しか書いていない。宛名も書き手の名前も書かれていない。そんなメッセージカード。
そのメッセージカードを見て、驚きのあまりディルミックは言葉を失っていた。
「わたしが手紙を書くなら、少し増えてもいいだろうって、義叔母様が。あ、本当はわたしの手紙と一緒に同封してくれって言われてるので、こうやって個別に渡したこと、絶対に言わないでくださいね」
まあ、渡してすぐに文字で誰が書いたのか、ディルミックは分かってしまっているので、わたしの手紙にまぎれさせて差出人をうやむやにしよう、という義叔母様のたくらみは、どのみち失敗しただろうけど。
でも、こればかりは別々に渡した方がいいと思ったのだ。わたしと違って、来年から義叔母様は書かないかもしれない。それでも、今年、こうして祝いの言葉を送ったのは、まぎれもない義叔母様の意思なのだから。
「……凄いな、君は」
「え? いや何も――えっ、どうしました、ディルミック!?」
気が付けば、ディルミックの目から涙がこぼれていた。号泣、というわけではないが、こらえきれなかったのであろう涙が、落ちた。
うっすらと笑う様子から、不快感で泣いている、というわけではないことは分かるのだが、急に泣きだされてはうろたえてしまう。
「まさか、叔母様から誕生日を祝って貰えるとは思わなかったよ。君のおかげだ」
「わ、わたしは何もしてないです」
義叔母様に、「義叔母様も書いてみませんか?」と誘ってすらいない。ただ、誕生日の手紙を書きたい、と相談しただけだ。
「君が手紙を書くと言い出したから、叔母様も書きやすかったんだろう。今まで僕に祝いの手紙を書こうとした人はいなかったからな。自分が一人目になるのと、追随するのとでは、ハードルが全然違う」
そんなもの……なのだろうか。確かに、誰もやったことない物事に挑戦する、というのは勇気がいることだろうが、それでも、言ってしまえばただの手紙だ。
ディルミックだって、後々のことを考えて処分しやすい手紙が主流になった、と言っていたし、手紙は分かりやすいプレゼントじゃない。普通の手紙に紛れ込ませて渡すことも、難しくはないだろう。
わたしが腑に落ちない顔をしていると、ディルミックは困ったように薄く笑った。
「叔母様は、僕のことを悪く思っていないだろうが、でも、どうしようもなく嫌いなのだろう。そんな相手に、一言でも手紙を渡そうという気にさせたのが、凄いという話だ」
義叔母様には、多分、いろいろと、『ディルミックの誕生日を祝わない理由』というのが、あったのだろう。『甥の誕生日に祝いの言葉を送りたい』という気持ち以上に。
それをわたしが、少しだけ――『誰も彼を祝わないから』という一つの理由を、潰した、ということか。
そんなに凄いことをした自覚は、ないのだが。
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