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「そもそも、グラベインの女性……特に貴族は、醜男を嫌悪するように育てられるんだ」


「なんでまた……」


「生まれた子供が差別されるのが分かり切っているからだ。そして度が過ぎると――僕みたいに、相手が見つからなくなる。僕の場合はロディナがいてくれたが……」


 そうでない場合は、そこでお家断絶か、分家から子供を取って来るしかない、のだとか。

 義叔母様も、その教育を受けたのだろう。

 それでもなお、彼女はディルミックを、甥姪の数に入れ、少しだけでも手助けを出来るよう、心がけていたというのか。

 ……多分、ディルミックが、彼らの思う『醜い』から離れていれば、離れた分だけ可愛がったのだろうな。多分、義叔母様は、甥っこ姪っこを自分の子の様にかわいがるタイプの人だ。


「実際、今、随分とカンドール侯爵家の次男が相手探しに困っているようだからな」


「ボーディンラッド……」


 聞いたことない名前だ、と思っていると、以前、第三王子の婚約パーティーのときに、王都で泊まったホテルでアマトリー夫人に声を掛けられただろう、とディルミックが説明してくれた。

 なるほど、そう言えば侯爵家に嫁ぎなおさないか云々と声を掛けられたな。いや、忘れたわけではないけど、確かに、言われてみれば侯爵家だったな、と。ボーディンラッドなんて家名だったのか。


「あそこは長男が病弱で跡を継げない上に、男児が二人しかいない。一人娘はすでに嫁に公爵家へ嫁入りしたはずだ。ボーディンラッド家からは離縁を申し入れ出来ない。……となれば、あとは分かるだろう?」


 必死になって嫁を探し、次男が跡を継ぐしかない。元平民なんかの、既婚者であるわたしでもいいから、醜男(異世界基準)と結婚出来る相手を求めるのは……まあ、道理な気がした。


「分家から養子を取る選択肢もあるが……あそこはずっと本家筋だけで成り立って来て、家が出来てから分家の養子を取ったことがないからな。自分の代でそれをしなけらばならないのは、嫌なんだろう」


 わたしにはよくわからない、貴族のプライドという奴だろうか。平民の嫁を取る方のがマシ、というあたりがもっとよくわからない。分家から養子を取った方が、まだ貴族間で完結していて、血が変に混じることがないと思うのだが。ましてや他国の人間だし。


「……だからこそ、僕は国中のご令嬢から婚姻を断られてしまった。でも、そういう教育を受けたはずの叔母様でさえ、僕に気をかけるようになってくれた。それもこれも、君が来てくれた頃からだ」


 義叔母様の話しぶりを見るに、元よりディルミックを気にかけてはいたように思うが……。

 それでも、『義叔母様から』ディルミックに初めてアクションを起こした、ということか。



「……もしかしたら、君のおかげで、少しだけ、グラベインの差別主義が、いいようになるんじゃないかと、期待してしまうんだ」


「ええ……それはちょっと責任が重いというか」


 ただの平民にそこまで期待されても何も出来ない。貴族の繋がりがあるわけでもないし、前世の記憶はあっても、ひと稼ぎして貴族の彼の隣にいても恥ずかしくないだけの功績をあげるだけの知識もない。クッキーすらまともに作れないような女なのだから。


「――でも、まあ。ディルミックが望むなら、ずっと隣にいることくらいは、出来ますかね」


 今、わたしにはそう言うことくらいしか、出来ないのだ。

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