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 夕食後、ディルミックの部屋に案内される。どんな突拍子もないお土産をくれるのかと思っていたら、渡されたのは数冊の本だった。本、と言ってもハードカバーの分厚い本ではない。薄い、冊子のようなものだ。とはいえ、装丁が凝っていないわけではないが。


「子供向けの文体ではあるんだが、話としては幅広い年代に支持されている、トードンロンの伝承やおとぎ話の本だ。その、勉強に丁度いいかと思って」


 えっ、めちゃくちゃ助かるやつじゃん。変なお土産だろうかと思っていたら、すごくありがたい奴だった。

 やっぱ文字を勉強するなら本を読むのは大事だよね。わたし的にはビジネス書とか実用書よりは小説のほうが好きなので、なおのこと嬉しい。

 ディルミックの書庫で勉強している間、休憩中、書庫にある本を、スウィンベリーのレシピ本以外もぱらぱらとめくってみたが、文字の細かさと多さにびっくりして、すぐに本棚に戻してしまった。

 いつかはここの本も読みたいなあ、と思っていたが、だいぶ先の話になりそうだと思っていたのだ。

 絵と単語が書かれた参考書も、覚えるにはいいけれど、読んでて楽しいものじゃないしね。


「あとこれも。絵本だが、この作家は画家としても有名だから、画集としても楽しめると思う」


 そしてもう一冊、冊子のような本とは形も大きさも違う、絵本を渡された。確かにとても綺麗な絵だ。写実的ではあるが、そっくりそのまま写しとった写真のようではなく、明らかに絵と分かり、絵ならではの魅力がある絵本。

 タイトルは――。


「ブラ……ブ、ブレディン夫人、の……お茶の祭典?」


「『ブランディン夫人のお茶祭り』だな。最初は、君は茶が好きだから、茶葉をと思ったんだが、茶好きのマルルセーヌ人に茶葉を渡すほど知識がなくてな。こういうのも、面白いかと思って、本屋で見かけてつい買ってしまったんだ」


 ぱらぱらとめくってみると、本当に綺麗な絵で構成されていた。文字も少なすぎず、多すぎず、単語だけの勉強から文章への勉強に移るのに丁度よさそうに見えた。


 内容は文字を読んでみないと分からないが、絵を見た限りだと、可愛らしい女性がいろいろな訪問者にお茶を振るまう内容っぽい。訪問者は、絵本らしく小鳥や小動物など、人間じゃないものが多い。あっ、このティーセット、前から欲しかったブランドのものと似てるな……。

 絵がリアルだからか、つい見入ってしまう。絵の美しさに、というよりはそろえられた茶器とか、その淹れる様とかに。


 ついつい見入って読み込みたくなる手をわたしは止める。ここ、ディルミックの部屋だし、じっくり見るなら自分の部屋で見た方がいいだろう。

 わたしは本をとじ、数冊の本を抱えた。


「ありがとうございます、ディルミック! 大切にしますね」


 そういうと、ディルミックは、ほっと、安心したような表情を浮かべた。こんなお土産だったら、いくらでも欲しいくらいである。


「それじゃあ、また後で」


 そう言って、わたしはディルミックの部屋を出た。


 また後で。


 そうか、今日からまた、ベッドにディルミックがいるのか。

 今日は流石にそんなことにはならないだろうな、と思いながらも、ちゃんとお風呂で体洗っておこ、とわたしは部屋に戻るのだった。

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