71.5
久しぶりの我が家である。極力屋敷から出ないようにしている僕としては、長旅は毎回疲れ果てる。特に、今回は王都へ向かい、パーティーをこなし、一度帰りはしたものの、休むまもなくトードンロンへと向かうことになったのだ。本当に疲れた。
普段なら食事はとらず、シャワーすら済ませずにそのまま寝てしまうのだが、今日は違った。
僕が帰ってきたことに気が付いたロディナが、笑って「おかえりなさい」と言ってくれただけで、疲れがどこかへと行ってしまったのだ。おかげで、珍しく長旅後に夕食を取る気になったし、彼女と久々に一緒の食事を取ることができた。
――が。まだ問題は残っている。
どうやって土産を渡すか、である。
久々の視察で気が大きくなってしまっていたのか、つい、土産を買ってきてしまったのだ。本を数冊と――便箋を。
本はトードンロンに伝わる伝承と言うか、おとぎ話のような物を。文体こそ子供向けではあるが、内容自体は大人が読んでも面白いはず。グラベインで、というよりは、カノルーヴァ領内で特に、と言う方が正しいかもしれないが、兎に角人気のある本なのだから。
便箋は、手紙を出せば彼女の暇つぶしと勉強になるだろうか、と思って買ってきたのだ。グラベイン貴族女性の趣味と言えば、裁縫ないし刺繍、庭園の散歩、文通が三大と言われている。彼女自身、義叔母様に個人的な手紙を書こうとすることもあるかもしれないから、僕が練習台になろうと。
買ったときは、喜んでもらえると、思ったのだ。本気で。
でも、帰路で、どう彼女に渡そうか考えていると、ふと、僕なんかが買った土産を貰ってくれるか? 本当に喜んでくれるのか? と思ってしまったのだ。
ロディナのことだ。受け取ってはくれるだろう。流石に、今までの様に「お前からのものなんているものか」と無下にされるとは、思っていない。そのくらいは、彼女を信用している。
でも、果たして喜ぶのだろうか?
そう思ったら、どうにも上手く渡せる姿が思い浮かばなくて、ついにここまで来てしまった。
かちゃかちゃと、食堂で、互いに食器を動かす音だけが響く。
――前にもこんなことがあったな。
彼女と初めて一緒に食事を取った時だ。何を話そう、と考えていて、結局、何も話せずに完食してしまったんだったか。
目の前の食事は、半分以上食べてしまっている。このまま食べ進めれば、あの時の二の舞だ。便箋や手紙の話はともかく、本だけでも渡したい。
僕は手を止め、勇気を振り絞る。
話そう、と彼女を見ると、ばちりと目があった。おかげで頭は真っ白だ。
考えていた言葉は全て吹っ飛び、僕はただ情けなく、「ロディナ」と彼女の名前を呼んだ。
あれこれ言葉を考えてみても、受け取ってもらえるか不安で、上手く声にならない。
けれど、彼女は僕が話すのを待ってくれている。
ごくり、と唾を飲み込み、単刀直入に、言う。
「――土産を、買ってきた、んだが……」
「お土産、ですか?」
ロディナがきょとん、とした顔をする。やっぱり、そんなこと、想定していなかったのだろうか。平民の間では、旅先で土産を買ってくる文化がないのだろうか。
しかし、ここまで言ってしまったのなら、最後まで言うしかない!
「ああ。その――受け取ってくれる、か?」
どう反応を返してくれるか。どきどきしながら待っていると――。
「お土産、嬉しいです。後で見せてください。あ、トードンロンの話も聞かせていただけるなら、是非」
にっこりと笑い、ロディナは言う。僕の想像の、十倍以上の好感触が帰ってきた。
「あ、ああ。視察の細かいところは話せないが、トードンロンの街並みの話なら問題ない」
ほっと息を吐き、僕は食事に戻る。緊張で分からなくなっていた味が、途端に戻ってきた。
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