132

 扉が開かれた先にいたディルミックを見て、わたしは言葉を失った。言葉と言うか、語彙を失った。


「やば……」


 高級そうな(というか実際高級であろう)白いタキシードに、胸元には花のコサージュ。色は紫色で、わたしに合わせたものになっている。髪はオールバック……とはいかないが、サイドを上げていて、ディルミックの美しい顔がよく見える。

 天才。凄い。かっこいい。

 髪型を、サイドを上げて顔をよく見せようとした人に最上級の賛辞を送りたい。

 今までディルミックの素顔を見るたび、顔がいいな、なんて思ってきたけれど、今日はそれ以上だ。光り輝いて見える。


「……ロディナ?」


 つい黙り込んでしまったからか、ディルミックが少し不安そうに眉を下げていた。いかんいかん。

 わたしはディルミックの服の裾を引っ張り、少しかがんでもらう。

 そして耳元で、「格好よすぎて見惚れてました」と小さくささやいた。言うのは少し恥ずかしいが、ディルミックを不安にさせないためならどうと言うことはない。


 案の定、というか、ディルミックがフリーズしてしまった。いつものことだけど、ちょっと久しぶりに見た気がする。


「ロディナ……た、ただでさえ緊張しているのに、この後のことが全て吹っ飛ぶようなことを言わないでくれるか?」


 少し固まった後、ディルミックが顔を真っ赤にして言った。色の濃い彼の肌でも、一見して分かる程に赤い。


「ディルミックでも緊張して手順が飛ぶとかあるんですね」


「当たり前だろう。結婚式なんて、したことがないのだから」


 平民の結婚式の『立会人』にはなったことがあるが、とディルミックは言う。いや、わたしだって結婚式なんてしたことがない。なんなら、前世を含めて出席をしたことすらない。親族関係は勿論のこと、友人もろくに作れていなかったし。結婚式なんて、街角でウエディングドレスを見かけるくらいしか、縁がない。


「わたしもしたことがないので大丈夫です」


「それは何が大丈夫なんだ……」


「失敗しても格好悪いだなんて思いませんよ」


 そう言うと、ディルミックは少し複雑そうな顔をした。拗ねているというか、少し嬉しそうと言うか。


「――カノルーヴァ様、そろそろお時間です」


 わたしたちがそんな話をしていると、会場までの案内役であるメイドさんが、わたしたちに声をかけてきた。


「ロディナ」


 ディルミックがわたしに手を差し出してくる。その手は、少しだけ震えていた。多分、緊張からだろう。でも、ここでなんか手慣れていたら、逆に嫌だ。

 この方が、ディルミックらしくていい。


 わたしは彼の手を取る。そして、二人で会場へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る