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 結婚式を行う会場の扉が開かれる。中央に赤いカーッペットが道の様に敷かれ、左右には貴族の方々が立ち、わたしたちを見ている。

 カーペットの先の壇上に、王子が待っていた。


 貴族たちの視線を左右から浴びながら、わたしたちはカーペットの上を行く。多分、顔をしかめたり、眉をひそめたり、そういう人が大半なんだろう。きょろきょろと周りを見渡すことができるわけではないので、勝手な妄想だが。ただ、刺さる視線は、だいたいそんな感じがする。

 それでも、わたしはうつむかず、胸を張って歩いた。尻込みしないといけない理由なんて、何もない。


 カーペットの上を歩ききり、壇上の前へとたどり着く。壇上の前には、彫りの装飾が見事な台が置かれている。その上には一枚の紙と、左右対称にインク壺とガラスペンが置かれていた。インク壺もガラスペンも凝ったデザインをしていて、特別感万歳である。

 わたしたちが頭を軽く下げると、テルセドリッド王子が「これより、カノルーヴァ夫妻の結婚式を執り行う」と開会の宣言をする。


「異議のある者はないな」


 確認の体を取ってはいるが、ここで「異議あり!」と声をあげる人は誰もいない。あくまで確認のポーズというか、形式上あるだけのものであり、これに本当に反応する人は滅多にいないのだという。

 過去に一件だか二件だか、存在自体はしていたらしいが。


 唯一、懸念されるボーディンラッド家の人は今日この場にいない。あの男の叔母も、流石にここまで来たら口をつぐむだろう。そもそも出席しているか怪しいが。


「――よろしい」


 しん、と静まり返った中、王子の声だけが響く。その声を聞いて、わたしたちは顔を上げた。


 この後は――確か、王子の話を聞いて、宣誓をして、名前をサインして退場、だったか。

 指輪の交換も誓いのキスもない、本当に宣言をするだけの式。それでも、こんなにも緊張して心臓がバクバクするのは、貴族の前にさらされているからではなくて、隣にいるのがディルミックだからだろう。


 貴族らしいことも多少はしないといけないかな、という程度の覚悟で嫁いできたのに、こんなことになるなんて。

 一年前のわたしには、とても想像付かなかっただろう。わたしをお金で買って、契約で結婚して、義務で子供を作らねばならない相手に、こんなにも惚れ込んでしまう、今のわたしは。

 そりゃあ、今だってお金は好きだし、貰えるなら木貨一枚――十円からだって大喜びである。


 ――でも、今のわたしには、それ以上に欲しいものがあるのだ。

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