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 王子の話を聞く、とディルミックに教えられていたので、てっきり長々と何か話をされるのだと思っていたが、実にシンプルで簡潔なものだった。

 結婚式で得られるメリットと、デメリットの話。そういえば、本当に宣誓をするだけの結婚式なんだった、これ。


「この式をもって、ディルミック=カノルーヴァとロディナ=カノルーヴァのつながりは強固で絶対なものとなる。誰にも邪魔されない代わりに、誰にも――当人たちにも解消は出来ない」


 強い言いぐさではあるが、実際は絶対に離縁できないわけではない……らしい。ディルミックはそう言っていたけど、王族にここまで言わせておいて、離婚します、なんて誰が言えるのだろうか。

 そりゃあ、確かに一生添い遂げる覚悟がない人間には出来ない結婚式だな、と思った。当人同士が一生添い遂げる、と思っていても、親が決めた結婚で、状況が悪くなれば、はい離婚、というスタンスのグラベインでは周りが全力で止めるだろうなあ。

 まあ、わたしには、離婚なんて、関係ない話ではあるのだが。


「異論がなければ宣誓の言葉を述べよ。ディルミック=カノルーヴァ。この者を妻と認めるか?」


 王子の言葉に、ディルミックが頭を下げる。


「宣誓の言葉を。――マサタダとグラベイン王国の繁栄にかけて誓います」


 言い切ったディルミックに対して、王子は「よろしい」と、宣誓の言葉を受け取る。ディルミックは貴族なので、グラベイン王国の繁栄に誓うらしい。貴族家の当主は必ずこれなんだとか。

 他の貴族だったら、自分の領土の民とか、そのとき式を執り行った『立会人』の王族とか、そういうものに誓うそうだ。


「異論がなければ宣誓の言葉を述べよ。ロディナーカノルーヴァ。この者を夫と認めるか?」


 今度はわたしの番だ。わたしも、ディルミックにならって、頭を下げる。


 今日、この会場に立ち入るまで、わたしは何に誓おうか、ずっと考えていた。


 ずっと、前世から、わたしが信用して愛してきたのはお金だ。でも、ディルミックと結ばれて、彼を大切に思ってしまってからは、それが一番か、と言われると、なんとなく違う気がした。勿論、お金が大事じゃなくなったとか、そういうわけじゃない。ただ、ちょっとだけ、順番が入れ替わったのだ。


 じゃあ、次はお茶だろうか、とも思った。わたしが国外の人間で、マルルセーヌ人であることは、別に隠していない。平民であることが知れ渡っているのなら、出身がマルルセーヌであることも、周知されていることだろう。

 マルルセーヌ人がお茶狂いなのは、世界中、誰だって知っている。マルルセーヌ人にとって、お茶は文化で、日常で、時には命と同等か、それ以上のものとなる。

 そんなマルルセーヌ人が、お茶に誓いを立てたなら、これ以上なく、わたしの覚悟は周りに伝わるだろう。


 ――でも、それはわたしが誓うものじゃない。


「宣誓の言葉を。――マサタダと……ディルミック=カノルーヴァにかけて誓います」


 多方面から、息を飲む声が聞こえた。ざわざわと、ざわめく声は聞こえないが、無音の「正気か?」という言葉が聞こえてくるような気がした。


「――よろしい」


 でも、『立会人』である王子は、わたしの宣誓を、言葉を――わたしの本気を受け取った。


「双方の宣誓を受け取った。王位継承位第三位、テルセドリッド=ジャントルン=グラベインの名において、カノルーヴァ両名の縁を認めるものとする。――グラベイン貴族の新たな縁に、祝福を!」


 王子がそう高らかに言うと、拍手が響いた。

 拍手を受けながら顔を上げる。ちらりとディルミックの方を見れば、凄い顔をしていた。


 今、ここに立つわたしが欲しいのは、お金でも、お茶でもない。


 ディルミック=カノルーヴァの隣に立つという、証明と未来だけだ。

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