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 ずらりと、丸々一ページ、ディルミックの名前が並んでいるのを見て、ふと我に帰る。名前がこうもずっと並んでいると、ヤバいおまじないに見えるから不思議だ。まあ、わたしからすればただの練習なんだけど、知らない人が見たらちょっとな……。

 わたしは数ページ開けて、別の単語を書きとることにした。数ページ開けたのは、明日、覚えているか復習して、練習するためである。こればかりは自分の名前の様に、書き損じないくらいしっかり頭に叩きこまないと。

 手紙で名前が間違えて送られてくるとか、普通に嫌だしなあ。


 しかし、手紙を誰かに書くのなんて、随分久しぶりな気がする。いや、そもそも、前世で手紙を書いたことなんて、あっただろうか? 年賀状とか、暑中見舞いとか、そういうものは書いたことがあるけれど、手紙には縁がなかったように思う。

 ラブレターとか、ファンレターとか、そういうものの類すら書いたことがない。あれ、手紙に作法とか、あるのか?

 なんか季節の挨拶で始まって、本題を書いて、最後にお体に気を付けてください、みたいな文言を入れるんだっけ。


「……まあ、なんとかなるっしょ」


 講師に聞こう。講師してるくらいなら、手紙の書き方くらい分かるはずだ。

 わたしはこつこつとノートに単語を書きとる。

 集中していたからか、明日以降の復習用にページをいくつか飛ばして使っているからか、もう最後のページが近くなってきている。


「消費ペース早いなあ」


 このノートは二冊目で、既に一冊書き終えている。ディルミックが本館の書庫から持ってきてくれた教本で、一冊が消え、今日新しい教本で一冊が消える。そんなに大きいノートではない上にさほど厚くないノートだから、というのもあるだろうが、思っていたより消化ペースが早い。

 ミルリと街に出かけた時に買ったノートは、あと三冊。自分自身が、そこまで勉強好きという自覚がなかったので、五冊セットを一つ買っておけば、当分は持つだろう、と思っていたのだ。

 しかし、やることが他にないのなら勉強せざるをえないというか、新しく知識を頭に入れるのはそれなりに楽しいのか。このペースだと、ノート五冊程度じゃ全然足りない。かといって、追加でノート買うのもな……。


 ディルミックからは、契約の純銀貨五枚は、金庫が届いたら貰えることになっている。あれは正真正銘、わたしのお金で、自由に使っていい。

 ただ、わたしはお金が好きなのであって、お金を使うのが好きというわけではない。極力、一円たりとも使いたくないのだ。この世界の単位、円じゃないけど。


「…………ディルミックに、相談しよう」


 考え込んだ末、わたしはそう呟いていた。だって、欲しいものはなんでも言えって、ミルリが言ってたもん! なんか、その……必要な家具って言われてた気がするけど……でもディルミックに言ったら買ってくれたわけだし。そこは好意に甘えよう。

 まあ、駄目だって言われたら、別に貰った純銀貨一枚をくずすしかあるまい。ごねまくるほどの性格ではない。

 でも、試しに言ってみて、買ってくれたらラッキーだよね! という話なのである。

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