40.5
おやすみなさい、という彼女の声を聞いて、たいして時間がかからないうちに、後ろから寝息が聞こえてきた。
ごろり、と寝返りをうてば、すっかり寝入ったロディナがいる。
貴族のしきたりは、幼い頃から徐々に教え込まれるものだ。この年になって、今更覚えるというのは、大変なことだろう。舞踏会でないだけマシといえばそうかもしれないが、異国の常識で、教師はあの厳しい叔母様だ。すぐに眠ってしまうとは、やはり、よほど疲れていたのだろう。
正直、こうなるとは思っていなかった。
確かに、ただ隣に立っているだけ、とはいえ、ある程度流れを説明するつもりではあった。
僕がパーティーに出ても、誰も話しかけてくることはない。遠巻きに見て、ひそひそと何かを言い合うだけで、近付こうともしないのだ。
だから、僕の隣にいれば、そういった視線は避けられないにしても、僕同様、話しかけられないと思ったのだ。
主役であるテルセドリッド王子や、公爵家の人間はともかく、侯爵家以下の人間相手であれば、多少問題が起きたとしても、なんとか出来る自信があった。
でも、叔母様からしたら、そんな考えは「甘い」と言わざるを得ないのだろう。
「確かに、王子の婚約パーティーですから、表立って問題は起きないでしょう。ですが、貴族のパーティーとは、様々な思想や思惑が影で渦巻いているものです。貴方は社交シーズンでも領地にこもってろくに社交界に出てこないのですから、一人で彼女を守り切れると思わないように」
あの後、ばっさりと叔母様に言われてしまった言葉が、頭の中で反芻される。
叔母様の言葉は正論で、そう言われてしまえば僕は反論できない。確かに、僕が社交界に顔を出すことはほとんどない。
まだ仮面を付けていない頃、父に連れられ行った夜会で、父の友人の夫人が僕の顔を見て、気分を悪くしてそのまま倒れてしまってからは、トラウマのようなものが出来て、父の誘いは全て断り、家督を継いでからも、今回の様にどうしても断れないものしか出席していない。
叔母様からしたら、対して経験値のない、ひよっこも良いところだろう。
それでも、叔母様は「彼女を連れて行くのをやめなさい」とは言わなかった。僕が一人で行きたくないのを、彼女が隣にいてほしいことを、察しているのだろう。
僕なんかの我儘で、彼女を振り回している。でも、折角頑張ってくれているのに、今ここで「やっぱり一人で行く」なんて言い出したら、彼女はどう思うだろうか。いい気分ではないだろう、多分。
僕だったら、最初から言うな、と怒りたくもなる。
今回は、彼女に甘えさせて貰うとしよう。
――今回は?
なんだか、彼女が来てから、彼女に甘えてばかりな気がする。僕からは、お金だとか、家具だとか、即物的なものしか与えていないのでは?
僕が彼女を甘えさせる日は、来るだろうか。
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