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 誰にも言ったことのない、言うつもりもなかった、わたしの秘密。

 わたしが、自分を信用できない、理由。


 でも、わたしが信用できなくても、ディルミックなら信用できるんじゃないかと、言葉を一つ一つ、探しながら口を開いた。


「――わたしの両親は、駆け落ちしているんです」


 前世では、母の実家が父を認めてくれなくて、最終的に駆け落ちで逃げ出したらしい。今世では、父の実家が、家業を父に継がせる為に、家業の発展に都合のいい家の娘と結婚させようとして、そのまま逃げたのだとか。

 違いに理由はあったけれど、前世も、今世も、両親は同じように駆け落ちしている。


 流石に、前世の話をするのはちょっとはばかれたからごまかしはするが。この話をするだけでも相当勇気がいるのに、前世の記憶、だなんて、もっと勇気がいることを、一度に全て話す度胸はない。

 別に前世の話をしないと、理解してもらえない話でもないので。


「……まあ、駆け落ち自体はそこまで問題じゃなくて。その後なんです、問題は」


 家との折り合いが悪い、というのは別に珍しい話じゃないとは思う。両家に認められて祝福されて、っていうのが一般的な結婚かもしれないが、前世だったら法律上、二十歳以上であれば親の許しはいらないし、マルルセーヌでも、成人していて、両家どちらか、三親等内の立会人が一人いれば結婚は出来た。

 そりゃあ、両家に祝って貰える結婚が一番かもしれないが、かといって、必要な条件かと言われれば、全然そんなことはない。


 ――問題は、その後の結婚生活である。


「逃げたんですよ、母は。わたしを産んで、しばらくして。……お金が、なくなった父の元から」


 愛し合って、駆け落ちまでした二人だったはずなのに。お金がない、という至極現実的な問題にぶち当たった時、助け合うことなく、父を見限って、捨てたのだ。

 わたしは、前世と今世。両方とも、そんな女の血を引いている。


 ディルミックは何も言わず、ただ、真剣に、わたしの話を聞いてくれていた。言葉を探しながらだから、随分とゆっくりした会話ペースのはずなのに、先をうながすこともない。


「しかも、変なところで借金まで作って。……まあ、じいちゃ――祖父がなんとかしてくれたので、今はもうないんですけど」


 今世では、とわたしは頭の中で、一人付け加えた。前世では、払いきれない借金を父が抱え、父が過労死した後は、そのままわたしに返済義務がやってきて、わたしも父と同じようにして、過労死で死んでしまった。

 相続放棄とか、いろいろとやりようはあったのかもしれない。でも、それを許してくれないような場所から、母はお金を借りたのだ。


 今世ではじいちゃんが借金を返し、母がいなくなった後、自らもふらっと消えてしまった父に変わって、わたしを育ててくれた。そのじいちゃんはどうやら母の行先を知っているようで、多分、口ぶりからして生きているのだろうが、前世の母は、今考えれば死んでいたのかもしれない。

 『怖いおじさん』は、生きていたらずっと、どこまでも借金を取り立てにくるような人だったから。

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