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「だから――わたしも、母のようになるんじゃないかって。好きだった相手を、いつか見限って、逃げ出すんじゃないかと、自分が信用出来なくて、そんな未来が怖くて。誰も、好きにならないようにしようって――ずっと思ってたんです」


 思っていた。そう、過去形だ。

 現に今、わたしはディルミックのことを好きになってしまっている。

 わたしが、特別なお茶を、心を込めて淹れたいと思うのは、世界でたった一人、彼だけである。


「お金があれば、誰かを見限らず、裏切らずにいられるんじゃないかって、執着していたんです。そのうち、お金があれば、ほんの少しでも安心して、安心を買えるお金が好きになってしまって。――お金が好きなんて、本当に、あの女みたい」


 結婚の話を聞いたとき、純銀貨五枚に、わたしは喜んで飛びついた。マルルセーヌの女が生涯で稼げるお金の十倍。

 文字通り、金額に目がくらんだ。これだけのお金があれば、誰かを裏切ることなくいられるかもしれない、と思ったのは――金額に喜んだよりも後だった。

 やっぱり、わたしはあの女、いや、あの女たちと変わらない。愛よりもお金が好きで、お金の為に、誰かを裏切れる人間なのだと、思い知らされた。


「――ロディナ」


 わたしの話が終わって、少しして、ディルミックが口を開いた。


「もし、僕の想いに答えられないなら、僕が嫌いだからと、そう言ってくれ」


「き、嫌いなわけ、ないです! というか、今の話聞いてましたか? どう考えても、ディルミックがわたしのことを嫌になる流れで……」


 まあ、嫌、というのは大げさかもしれないが(願望である)、でも、金の亡者め、守銭奴め、くらいは思うはずの話だと、自分では思っているのに。


 でも、ディルミックの口から出たのは――。


「話は聞いていた。でも、僕にはどうも、君がただの金好きには思えない」


 否定の言葉だった。


「な、何を根拠に……」


「証拠はある」


 慰めでも何でもない、確固たる、強い声。確信を持つ、そんな声だった。


「初夜の翌日を覚えているか?」


「よ、翌日……?」


 何かあったっけ。朝起きて、ディルミックがいないことを確認して……意外と早起きなんだなって思って……それから――。


「君は、僕に純銀貨を返しに来た。僕が握らせておいた純銀貨を、落としたものだと思って。しかも、起きてすぐに」


「た、確かにそんなこともありましたけど……。でも、あれは結局わたしのお金になったはずです」


 くれるって言ったから、ありがたく貰ったはずだ。わたしが結婚するという契約金の純銀貨五枚と一緒に、今も金庫の中に入っている。


「本当に君が金の亡者だったら、わざわざ返しに来ず、そのまま黙って懐に入れたはずだ。純銀貨一枚、貴族から盗んだら首が物理的に飛ぶからね。割にあわないかと、あの時は自分にそう言い聞かせたけれど、今なら分かる。僕が知らないかと尋ねた場合に落ちていたから預かっていた、とか、誤魔化しようはいくらでもあったはずなんだ」


 でも、君はそれをしなかった。

 そう、ディルミックはわたしに言い聞かせるように言った。


「僕から見れば――君は、君が思っている以上に、金の亡者なんかじゃないんだよ」

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