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ディルミックの言葉が、自分でも信じられないくらい、すとんと、心に響いた。わたしが縋りたくてたまらないその言葉を――ディルミックは、なんてことないことのように、当たり前のことのように、わたしに言って聞かせる。
「それに、ロディナ。他人を裏切るような人間が、身を挺して誰かを庇うか?」
「それは……」
そう言われてしまうと、言葉に困る。ディルミックじゃなければ庇わなかったけれど、でも、そのディルミックが、わたしが一番裏切りたくない相手である。
結果として、ディルミックの言っていることに反論が出来ない。
「ロディナ、僕はいくらでも君の不安を否定出来る自信があるよ。そんなことはない、とね」
ディルミックはわたしの手に、そっとその手を伸ばす。少し躊躇う様子を見せはしたものの、彼はわたしの手を握った。
「こうして、誰かに触れたいと思うようになったのも、実際に触れる勇気を持てたも、全て、ロディナのおかげだ。それは、君が本当にお金のことしか考えない人間だったら、なしえなかったことだよ」
「本当に、そう思う……?」
わたしはディルミックの手を握り返しながら、問うた。
わたしは、ずっと、自分が誰かと恋が出来る人間だと、思って生きてこなかった。誰かを好きになっても、裏切る未来が来るかもしれないと、怖くて。
一度は好きになった誰かを、父のように、ただ子供に謝るしかできない男にしてしまうんじゃないかと、そう思って生きてきた。
「――一人目の妻は、幼い少女だったよ。親に売られて、僕のところにやってきた」
唐突に、ディルミックが話し出した。
「あまり彼女を責める気にはならないけれど、彼女は初夜を嫌がって吐いたし、その後もずっと泣いてばかりで、僕とまともに会話も出来なかった。――でも、君は僕と共に寝て、共にご飯を食べて、お茶を淹れてくれた」
「それは……そういう契約だった、からで……」
「ご飯とお茶は?」
「
……ご飯は、家族なら一緒に食べるものだと思ったから。わたしの家は参考にならないですけど、物語とかだと、それが普通じゃないですか。お茶はまあ……マルルセーヌ人ですし」
そういうと、ディルミックは穏やかに笑った。
「僕と普通の家族を作ろうとしてくれたんだ?」
「――!」
「ほら、もうお金だけを考える人間の思考じゃない。契約家族なら、そんな必要はないだろう?」
わたしは何も反論できない。
そうだ、別にそんな必要はなかったのだ。契約は、子供を作ればいいとだけ書いてあったのだから。わたしが勝手に曲解して、家族になろうとした。
ディルミックを見ていると、それが嫌、というわけでないのが分かるが、それでも、わたしがそう解釈してしまったのを考えると、少し恥ずかしい。
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