102

 ディルミックの言葉が、自分でも信じられないくらい、すとんと、心に響いた。わたしが縋りたくてたまらないその言葉を――ディルミックは、なんてことないことのように、当たり前のことのように、わたしに言って聞かせる。


「それに、ロディナ。他人を裏切るような人間が、身を挺して誰かを庇うか?」


「それは……」


 そう言われてしまうと、言葉に困る。ディルミックじゃなければ庇わなかったけれど、でも、そのディルミックが、わたしが一番裏切りたくない相手である。

 結果として、ディルミックの言っていることに反論が出来ない。


「ロディナ、僕はいくらでも君の不安を否定出来る自信があるよ。そんなことはない、とね」


 ディルミックはわたしの手に、そっとその手を伸ばす。少し躊躇う様子を見せはしたものの、彼はわたしの手を握った。


「こうして、誰かに触れたいと思うようになったのも、実際に触れる勇気を持てたも、全て、ロディナのおかげだ。それは、君が本当にお金のことしか考えない人間だったら、なしえなかったことだよ」


「本当に、そう思う……?」


 わたしはディルミックの手を握り返しながら、問うた。

 わたしは、ずっと、自分が誰かと恋が出来る人間だと、思って生きてこなかった。誰かを好きになっても、裏切る未来が来るかもしれないと、怖くて。

 一度は好きになった誰かを、父のように、ただ子供に謝るしかできない男にしてしまうんじゃないかと、そう思って生きてきた。


「――一人目の妻は、幼い少女だったよ。親に売られて、僕のところにやってきた」


 唐突に、ディルミックが話し出した。


「あまり彼女を責める気にはならないけれど、彼女は初夜を嫌がって吐いたし、その後もずっと泣いてばかりで、僕とまともに会話も出来なかった。――でも、君は僕と共に寝て、共にご飯を食べて、お茶を淹れてくれた」


「それは……そういう契約だった、からで……」


「ご飯とお茶は?」

……ご飯は、家族なら一緒に食べるものだと思ったから。わたしの家は参考にならないですけど、物語とかだと、それが普通じゃないですか。お茶はまあ……マルルセーヌ人ですし」


 そういうと、ディルミックは穏やかに笑った。


「僕と普通の家族を作ろうとしてくれたんだ?」


「――!」


「ほら、もうお金だけを考える人間の思考じゃない。契約家族なら、そんな必要はないだろう?」


 わたしは何も反論できない。

 そうだ、別にそんな必要はなかったのだ。契約は、子供を作ればいいとだけ書いてあったのだから。わたしが勝手に曲解して、家族になろうとした。

 ディルミックを見ていると、それが嫌、というわけでないのが分かるが、それでも、わたしがそう解釈してしまったのを考えると、少し恥ずかしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る