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「二人目の妻は、僕の前では穏やかでにこにこしていたけれど、裏では僕の悪口を、それは楽しそうに言う女だった」


 そう言えば、ディルミックに、『貴方のことをなんと呼べば?』と尋ねたとき、『二人目は陰で醜男』と、と返ってきたんだっけ。


「でも、君は誰の前でも、僕への態度を変えなかった。……叔母様は逆に心配していたほどだ」


 直接義叔母様から釘を刺されていたけれど、ディルミックの方にまで話がいっていたとは……。


「それに、王都のホテルでアマトリー夫人に声を掛けられていただろう? 僕を切って、侯爵家へ嫁ぎ直すことだって出来たはずだ。……侯爵家なら、僕よりもっと金払いがいいはずだ」


 まあ、確かに、それはちょっと思った。でも、すぐにディルミックの顔が浮かんでしまって、冗談でもそんなことを言ったら終わるな、と察して、何も言わなかった。

 自分では全く気が付かなかったが、あの時、既にディルミックに対して、お金以上の何かを感じていたのかもしれない。


「三人目は、妻と言っていいかすら怪しい。行き倒れを助けたのだが、妻になると話がまとまった晩に、屋敷にあった金目のものをいくつか持って逃げられた」


「それはなんとも……まあ……」


 反応に困るな。

 ただ、反応に困っているのはわたしだけで、ディルミック自体は、つらそうな顔ではない。妻に逃げられた話をしているのに、なんてことない、昔の笑い話をしているような表情だ。


「でも、君は逃げなかった」


 確かに、まあ、今もここにいるけれど……。

 いまいちピンと来ていなかったのがディルミックに伝わったのか、彼は苦笑しながら、「純銀貨五枚を渡した日があっただろう」と言った。


「ああ、ファーストティーの茶葉を買いに行った日ですね」


「……。君、実はお金よりお茶のが好きだろう? ……まあいいか。あの日、僕は君が純銀貨五枚を持って、そのまま逃げるんじゃないかと思ったんだ。護衛も、お供も、逃げるのには最適な人材を僕はあてがった」


「……あ、ああー! 成程!」


 あの日、ミルリがやけにそわそわしていた理由も、ディルミックが快く送り出した割に帰ってきた報告をしたら、やたらと動揺していた理由も、ようやく合点がいった。

 信用されていないのではなく、そもそも、逃げることを想定してああいう言動をしていたのなら、確かにあれだけ驚いていたのも納得だ。


「……ほら、金を持ち逃げすることを考えていない。今納得した、ということは、そういうことだろう? これだけ証拠を並べれば、君が何に置いても金をとる人間にはならない、という証明が出来たんじゃないか?」


「……でも、違約金があるって言ってませんでした?」


「グラベイン文字を勉強してから、契約書を一度も読み直していないのか? あの契約書に、そんなことは一言も書かれていない」


 ……実は、そんな気は、ちょっとしていた。グラベイン文字を勉強してから、何か文字に触れようと、純銀貨五枚と一緒に金庫へ突っ込んである契約書の写しを、読み直したことがあったのだ。

 勿論、契約書なんて、難しい表現が並ぶ文章を読める程の実力は、今のわたしにはない。だから、単語をどのくらい拾えるか、というつもりで契約書を読み返していたのだが、『違反』とか『罰則』とか、そういう類の単語は、一つも見つからなかった。


 わたしの現在の能力では分からないのかな? と疑問に思ってはいたのだが、やっぱり書いていなかったらしい。

 まあ、勉強を始めたのはあのファーストティーの日より後ではあるのだが――あの後、逃げるようなタイミングがなかったかというと、嘘になる。


 そもそもディルミックが長期間屋敷に不在の時もあったわけだし。

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