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王子の挨拶と婚約者の紹介が終われば、乾杯である。皆が一様にグラスを掲げる。
「我らに祝福を、グラベインに栄光を!」
王子が高らかに叫ぶと、王子と婚約者の令嬢がグラスを仰ぎ、中身を一気に飲み干す。それを見た皆も、グラスに口をつけ、中身を飲む。わたしも周囲から浮かないように、同じようにしてグラスを傾けた。
色からして柑橘系だろうか、と思っていたのだが、意外にも、どろりと甘い。勝手に想像していた爽やかさはどこにもなく、一瞬むせそうになったが、わたしは気合で飲み切る。
これは王子に祝福を送りたい、という石を表すものなそうなので。祝福と栄光を願った王子と同じ行動をすることで、自分も同じ考えだとアピールすることになるのだとか。
だから下手にむせて飲むのをやめるわけにはいかないのである。あと今、会場内が結構静かなので、咳き込もうものならめちゃくちゃ目立つだろう。ディルミックの顔云々以前に大注目間違いなしだ。
全員が飲み干したのを確認したのか、王子が再び口を開く。
「みなの同意、感謝する! 今日は楽しんでいってくれ」
王子の言葉に、再び音楽が流れ始める。拍手はならない。王子が挨拶周りに来て、この飲み干したグラスを回収するまで、グラスを手放してはならないそうなので。
王子の言葉に同意し、その同意を照明するのがこのグラスなのである。
異文化って面白いよなあ。わたしだったらつい拍手したくなるものだが。
王子と婚約者のご令嬢が階段を下りて、二階からわたしたちのいるホールへとやってくる。これから、公爵家から順に挨拶に周るはずだ。
ざわざわと、人々の話し声が戻ってくる。王子との挨拶がない貴族たちが会話を始めたのだろう。
王子と婚約者の挨拶周りが終われば、彼らがホール中央で伝統芸能であるというダンスを踊り、その後は立食会になる――らしいが、わたしたちはダンスを見終えた辺りで帰宅する。二次会のような立食会には参加しない。
これから先、本当に突っ立っているだけだが、わたしたちのところにも王子が挨拶に来るのだと思うと、緊張する。わたしは何も話さない予定だが。
漫画なんかだと、キャラクターに王子がいれば、すごく身近というか、気安い存在に感じてしまうように思うが、現実だとそんなわけがない。普通だったら、警備に囲まれた王子を、遠目で見られればいい方なのである。
それなのに、目の前に来るとか。マルルセーヌの王子を、遠目ですら見たことがないし、姿絵でも知らないのに、まさか先にグラベインの王子を見ることになろうとは。
そう思ってしまうと、急激に緊張が恐怖へ変わる。
うまくやれるかな、という緊張が、失敗したらどうしよう、という不安にすり変わる。
落ち着け、大丈夫。義叔母様にあれだけ指導されたじゃないか。
ぎゅう、と気持ちを紛らわすように、グラスを両手で持っていると、ふと、目の前に腕が差し出された。――ディルミックの腕である。
肘を軽くまげたその腕は、エスコートされるときに掴んでいた腕、そのものである。
――あ。
わたしが手を伸ばし、腕を組めば、「基本的にはこの形で移動する」と、ドレスを疲労したときに、教えてくれた形になる。
わたしは、その腕に、グラスを持っていない方の手を伸ばし、不自然にならない様に腕を組んだ。
ディルミックの袖と、わたしの長手袋が二人の肌を隔てていて、彼の温かさが伝わってくるわけじゃない。
それでも、彼が隣にいてくれるのだと思い出させてくれるのには十分だった。
手の震えは、いつの間にか止まっていた。
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