18

 あれからどのくらい経ったか、正確ではないが、日が傾き始めたのでわたしたちは帰路に着く。

 結局、アナログゲーム二つと筆記用具に便箋、それからジャムを一つ買ってからは、特に何を買うでもなく、街をぶらついていた。階段が多い街なので、上り下りは大変だったが、入り組んでいる分、冒険感はあった。

 屋敷に着くと、ハンベルさんが一礼して去っていく。きっと屋敷での持ち場なり仕事なりに戻るのだろう。何事もなく帰ってこれて何よりだ。


「こちらは奥様の部屋にお運びすればよろしいでしょうか」


「あ、うん。お願い」


 荷物はすべて、ミルリが持ってくれている。わたしも持つ、と言ったのだが、「奥様にそんなことはさせられません」と固くなに断られてしまった。ちょっと申し訳なく思う気持ちもあったが、これが彼女の仕事なのだと思えば、わたしがごねる方が筋違いだろう。

 わたしはミルリに荷物を頼むと、ディルミックの部屋へと向かう。

 扉をノックすると、バサバサバサ! と紙が何枚も落ちるような音がした。驚かせてしまっただろうか。


「ごめんなさい、ディルミック。帰ってきたので報告を、と思ったのだけど……驚かせてしまいましたか?」


「も、問題ない」


 扉越しにディルミックの声が聞こえる。問題ないとは言っているけれど、思い切り動揺している声だ。


「特に用事と言うわけではなく、報告だけなので……それじゃあ、これで――」


「ま、待ってくれ」


 バタバタと足音が聞こえたかと思うと、扉が開かれる。ディルミック越しに、床へ紙が散乱しているのが見えてしまったが……見なかったことにしておこう。


「これ……本館の書庫から持ってこさせた。ちゃんとした奴は届くのに一週間はかかるらしいから、先にこれを使うといい。古いもので悪いが」


 そう言って渡されたのは、グラベイン文字の初歩教本だった。確かに日焼けているし、古ぼけているのだが、文字は全然読める。扱いが丁寧なのか、古いだけで、ぼろぼろというわけではなかった。


「マルル文字への翻訳辞書もあればよかったんだが」


「ああ、わたし文字の読み書きはできませんので。グラベイン文字の教本があれば十分です」


 わたしのいた田舎村に、学校はなかった。買い物の際にぼったくられないよう、村の大人から四則演算は教えてもらうが、文字は教えてもらえない。お金のやりとりと同じくらい、物々交換が行われるような村では、文字が読めずともさほど苦労はなかった。


「マルル文字は覚えなくていいのか?」


「覚えた方がいいなら覚えますけど……。とりあえずはグラベイン文字ですかね。こちらに長くいることになるんですから」


 わたしは結婚したので、もう村に戻る予定はない。子供を産んで、ディルミックが用済みだとわたしを捨てたとしても、そのままグラベインに住むだろう。

 と、気軽に言ったのだが、ディルミックがまた固まってしまった。今度は何が琴線に触れたのやら。もはや慣れてしまった。


「それじゃあ、ディルミック。わたしはこれで。本、ありがとうございました」


 そう言って、停止中のディルミックをよそに、わたしは部屋に戻る。

 これで早いところ勉強に移れそうだ。最初の目標は、ディルミックに簡単な手紙を渡すこと。

 頑張るぞ!

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