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「だが、今回はこれを僕が利用しようと思う。僕が仮面を取るとなれば、第三王子以外に立会人になろうとする王族はいない。確かに僕が仮面を取れば、周りの人顔をしかめるだろう。でも、今回の式を足がかりに第三王子が活動をさらに広げられれば、少なくとも表立った差別は少なくなるかもしれない。――全て、希望的観測だがな」
まあ、確かに、このグラベインでそこまで上手くいくかは……ちょっと楽観視過ぎる。この間の、ディルミックの仮面が落ちた時の周りの反応を見れば、グラベインに根付いた差別意識が、そう簡単に変わるとは、思えない。
「……でも、どんな状況でも、君が隣にいてくれるなら、僕は頑張れるから。君がいいというのなら、僕は可能性に賭けてみようと思うんだ」
「――!」
その言葉に、わたしの胸はぎゅうっと、掴まれたような気分になる。
世界をひっくり返すだけの地位も能力も知識もなくて。物語のように無双できるわけでもない。
ディルミックを救えるだけの人間じゃないと、たびたび気にはなっていた。
わたしがもっと特別な能力があったら。役に立つような前世の知識があったら。
常日頃から考えていたわけでもないけど、ふとしたときに、自分の無力さを実感してしまう。
でも。
「……ディルミックの隣にいることが、貴方の支えになれるなら、わたしはいつまでも隣にいますよ」
ただ、そんなことしか出来ないけれど。そんなことでいいと言ってくれる彼に、全力で応えたいと思った。
わたしの言葉を受けて、ディルミックは何か考え込んでいたが、処理しきれたのか、少しして、軽く両手を広げた。
「……ということで、話したいことは終わりなんだが……。その、まだ有効だろうか」
「……?」
話に夢中になりすぎて、何のことかさっぱり分からなかった。さっきの話の前に何を話してたんだっけ。
わたしがあんまりにもきょとんとした顔をしていたからか、ディルミックの両腕が少し下がった。しかも顔は褐色でも分かりやすいほど真っ赤である。
「ええと、ストレス軽減が……どうとか……」
「ああ!」
そう言えばそんな話をしていたな、とわたしは勢いよくディルミックに抱き着いた。ぎこちなく、わたしの背中にディルミックの腕がまわる。
ふ、とディルミックが息を飲む声が聞こえたような気がして、顔を上げれば、口の端にキスをされた。
『僕なんかがしてもいいか?』と許可なくキスをしてくれたのが珍しくて、嬉しくなって。わたしは目を閉じて彼からの口づけを受け入れる。
「ん……、ふ」
――ああ、母親のようになるかもしれないから、誰かを好きになるのを、好きだと認めないようにしよう、なんて、馬鹿らしい。
わたしは背中にベッドの感触を感じながら、そんなことを思った。
前世と今世、合わせればそれなりに生きてきたけれど、ディルミックと出会うまで、本当の恋というものを、わたしは知らなかったのだ。
それだけの話である。
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