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「それでは奥様。覚悟はよろしいですか?」


「一思いに、ぐっと――っ、ううう……」


 きりきりと締められるコルセット。覚悟はしていたつもりだが、やっぱりどうしても慣れない。しかも今回は前回よりもさらに絞られている気がする。

 結婚式を挙げるにいたって、ドレスを着るため、再びコルセットを締める生活が今日から始まることとなった。

 ドレスの制作やスケジュールの管理、わたしのマナー講座やレッスン、その他もろもろ準備もひっくるめて、式を挙げるのは結構先になってしまったが、コルセットは今から慣れておかないと辛い。コルセット生活もそれはそれで辛いのだが。


 結婚式で着るドレスは、前回、婚約パーティーに着ていったドレスを作ってくれたところで再び作るらしい。カノルーヴァ家の御用達の洋服店なんだろうか。


「ま、まだ締めるの?」


 一向に締め終わらないミルリに、わたしは早くも弱音を上げた。苦しいのもそうだが、肋骨が折れないか心配になる。

 コルセットを締めるミルリの腕は心配じゃないが、コルセットに慣れないわたしの肋骨が先に音を上げないか心配なのである。

 コルセットを締めるときにきつくならないよう、前回から太らないように気を使っていたのに、そんな気遣いが無駄だったと言われているようなくらい、ぎちぎちに締められる。


「い――っ」


 苦しい、から、痛いに変わるほんの少し手前でミルリはようやくコルセットを固定した。折れる心配をしなくても問題ないようだった。いやでもこれはこれで普通にキツイ。


 でも泣き言は言ってられないのだ。ディルミックと結婚式を挙げるためにはコルセットの一つや二つ……!


「――ミルリ、もう少しだけコルセット緩めて……」


 嘘ですごめんなさい、無理でした。呼吸が浅くなるレベルは流石にちょっと……。苦しい、苦しくない以前に生命の危機を感じる。

 結婚式までにはしっかりミルリや義叔母様が納得するだけの細さに耐えられるようになるから、今だけはもう少し優しくしてください……。

 ミルリを拝み倒していると、仕方ない、と言わんばかりに少しだけ緩めてもらえた。最終的にはそのくらい頑張れるようになるから! 今だけだから!


 ようやく着替えが終わると、コンコン、と扉がノックされる。


「奥様、旦那様がお呼びです。準備ば……じゃない、身支度は大丈夫ですか?」


 独特なイントネーション。チェシカだ。


「だ、大丈夫! 今行くわ」


 このくらいなら頑張る……いやほんとでもコルセットきついなあ……。

 そう思いながら、わたしは扉を開けてもらった。

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