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背の高い男性と、おそらくはその妻なのであろう女性。その女性より若く見える少女は、二人の娘だろうか。
三人がこちらを見て、ひそひそと何かを話しているのが分かる。結構な距離があるし、妻であろう女性なんかは扇で口元を隠しているので、余計に何を言っているのか分からない。
けれど、三人の目は、人を馬鹿にして嗤う人間のそれそのものだった。
貴族気取りの格好をしている平民のわたしを笑っているのか、珍しく社交界に出てきたディルミックを笑っているのか。
ともあれ、仮面を付けたディルミックは目立つようで、見ればすぐに『あの』ディルミック=カノルーヴァだと分かってしまうのだろう。
正直、気分は良くない。
でも、わたしはあの三人がどんな爵位でどんな家の人間なのか知らない。ここに来ているということは、おそらくこのホテルに泊まる客だろうから、カノルーヴァ家よりも下の爵位なんだろうけど。
義叔母様からは、とにかく何があっても睨みつけたり真っ向から反論するようなことは駄目だときつく言われている。カノルーヴァ家より下の爵位なら、ディルミックならどうにでもできるだろうが、無駄にことを荒立てるな、と。
何より、わたしの手を握ったままのディルミックが、「見るな」と言っているような気がした。
口を開いたわけでもないし、仮面をしているからアイコンタクトが出来たわけでもないけど。ただ、きゅっと握り返された手から、そう伝わったような気がしたのだ。
多分、ディルミックはわたしがここで何かやらかして向こうの怒りを買うより、わたしがディルミックに対してなんの嫌悪感も抱いていないことがバレるのが嫌なんだろう。今のこの国で、それをやらかしたら大変なことになる――らしい。
いまいち実感が沸かないのだが、ディルミックがしてほしくないというのであれば、する必要がない。
わたしは薄く笑って目礼をする。笑顔だと受け取られるほど口角を上げられたか自信はないが。
わたしは平民出身だけど、カノルーヴァ家の嫁なので、必要以上にへりくだることはない、と言われている。なので目礼に止めておく。
本当は会釈をしたいところだが、グラベイン貴族に会釈の文化はないらしい。爵位や地位が上の人にはカテーシー、目下には礼そのものをあまりしないらしい。わたしは目礼くらいをしておけば角が立たないだろう、と義叔母様が言っていた。
ここでわたしが発言していいのか迷いながらも、ディルミックに「もう行こう」というアイコンタクトを送る。すぐに気が付いてくれたようで、ディルミックはわたしの手を引き、ホテルへと歩いていく。
しかし、あんな視線がいくつもあるパーティーに赴かないと行けないのか……。
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