51.5
部屋に着くと、ロディナは分かりやすく目を輝かせていた。平民であった彼女は、こんなホテルに泊まったことがないのだろう。
楽しそうにあちこちを見て回っては、あれはなに、これはなに、と僕に聞いてくる。でも、馬車の中にいた時の質問と違って、答えを求めているわけではないのか、「すごーい!」と、僕が特に返事をしたわけでもないのに、一人で自己完結しては別の場所を見に行っている。
鈍感なのか、肝が座っているのか。
叔母様と対峙した彼女は妙に緊張していて、正直、他の貴族と接したら、硬直してしまうのではないかと思っていた。
だから、パーティーに出席するまで、なるべく他の貴族とは出会いたくなかった。一対一だと逃げづらいのだ。
あの場では、少し焦った。あの三人――アベルディン家の人間は、僕の家よりずっと下位の子爵家だ。しかも最近、領地の景気が下がり気味だと噂されている家。
何か問題が起きても、上手く立ち回れる自信はあったが、どうにも僕はあの家の人間が苦手だった。
人の悪口や暗い噂が大好きな人間ばかりなのである。当然、僕なんかはいい様に言われてしまうわけで。僕の方が爵位は上なのだが、確かに僕の顔は醜いし、それはこの国の共通認識なので、どうにもやりにくい。そうしていい様に野放しにしているから、アベルディンの人間がまたつけあがるのだろうが。
「よくもまあ、あの場で笑えたものだ」とロディナに言えば、彼女はきょとんとした顔で言った。
「義叔母様が困ったら笑っておきなさい、って言っていたので」
なんてことないように彼女は言う。それがどれだけ難しいことか。
顔がこんなでも、地位だけはそれなりにある僕相手に作り笑顔を見せようとして失敗してきた人間はたくさん見てきた。緊張している中、笑顔を浮かべられる人間はそう多くないと思う。
「上手く笑えてました? なんかちょっと失敗した気がするんですよね」
「……楽しげな結婚生活を送れているように見られる方が問題だ。あのくらいでいいんじゃないか」
僕も彼女も、ただでさえ貴族の噂の標的になりやすい理由が揃っている。醜男と平民の女。格好の的だ。
そんな二人が楽しそうに生活していたら、なんと言われるか。
別に、不仲な夫婦生活を望んでいる分けじゃない。それでも、他人に壊されるのは、嫌だった。金だけで繋がっている縁のくせに。
「わたし、笑うの苦手なんですよねえ」
なんの冗談だ、と思った。いつも、何がそんなに楽しいのか、と思ってしまうほど、にこにこしているというのに。
僕の疑わしげな視線に気が付いたのか、彼女は照れくさそうに笑う。いや、普通に笑えているじゃないか。
「笑うのが、っていうより、作り笑いが駄目なんですよ。楽しくもないのに笑えないっていうか」
……こうして笑っているということは、少なくとも、今、楽しいと思ってくれているということだろうか。
そうだったらいいなと、柄にもなく願った。
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