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 パーティーに出ると決めてからの二か月があっという間だったのだ。王都についてから、いざ本番まで、一瞬である。

 というわけで、わたしはあの概念ドレスを身にまとい、ディルミックと共に王城の控室にいた。


 ディルミック曰く。

 爵位ごとにそれぞれの控室に待機し、揃い次第、上から順にパーティー会場のホールへと入場するのだという。

 わたしはてっきり下の人の方から会場に入っていくものだと思っていたのだが。だって上の人から入ったら下の人が上の人を待たせるわけだし。

 でも、グラベイン王国では、基本的には『新しいものは上流階級の人間から使う』という考えらしく、それに則って公爵、侯爵……と続く順で入るらしい。

 とはいえ、主役やパーティー主催者は最後に入場するそうだが。今回は王子とその婚約者が該当する。


 ディルミックとわたしは辺境伯家であるが、分類としては侯爵家と同等だと、彼は言っていた。カノルーヴァ家の実際の権力は侯爵家の中でトップクラスなのだが、ディルミックが稀代の醜男であるため、今は発言権がさほど強くないらしい。

 しかも隣が、平和なことで世界的に有名なマルルセーヌ王国なのである。マルルセーヌ側ではない、反対側の国境に領地を持つベードンリン辺境伯家に比べれば何かと後回しにされがちらしい。ベードンリン辺境伯領地国境に接する隣の国とグラベイン王国ははあまり仲が良くないそうなので。


 この辺りの力関係はさらっと簡単に、ディルミックから教えてもらった。

 もっと詳しく知りたければ、歴史の講師を雇う、と言っていたが、実現したとしても、かなり先の話になると思う。先に文字を覚えないと勉強効率悪そうだし、並行して礼儀作法や貴族の常識を義叔母様に教えてもらっていては、そう簡単に新しく学ぶことは出来ないだろう。

 まあ、ある程度予定が詰まっているのはいいことだ。暇で何もすることがない、というのよりは遥かにマシだ。お茶をする時間が確保出来ないほど忙しくなるのは嫌だが、その辺は調整できるだろう。


 ――それにしても。


 部屋の空気が妙にピリピリしているというか、非常に居心地が悪い。

 皆、おのおの仲良く談笑しているように見えるのに、意識はわたしたちに向いているようだ。わたしたちが気になって仕方がないらしい。


 そして、それは、どう考えても好意的なものではない。

 ぼう、と立っているだけなのも時間を無駄にしている気がするが、かといって、何か口を開こうものなら、一瞬にして場が白けて注目を浴びてしまうように思えて、どうにもためらわれる。

 ディルミックも同じことを考えているのか、何か話しかけてくることはない。

 それでも、壁際に立つわたしの少し前に立って、陰を作ってくれている辺り、ちゃんとわたしを案じてくれているようだ。


 わたしはこれから失敗しないように、義叔母様とディルミックに教えてもらった流れと作法を頭の中で反芻する。

 記憶力に自信があるわけではないが、不安があるわけでもない。あれだけみっちりたくさん教えてもらったのだ。そう簡単には忘れない。


 しばらくして、ようやく扉が開かれる。


「大変長らくお待たせいたしました、侯爵家の皆様。準備が整いましたので、ご入場の方、よろしくお願い申し上げます」


 深々と頭を下げるのは王宮務めのメイドだろう。

 メイドの言葉を聞いた侯爵家の人々は、それぞれ動き出す。


 わたしの中で、開戦の合図が響いた。パーティーの始まりである。

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