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 最初のうちは、大事にならないように、とか、ある程度は明日の為に我慢しなくちゃ、とか、そういうことを考えて穏便に済まそうとしていたが、もうここまで来てしまえばわたし一人の手には負えない。


 流石王城、わたしが「助けて!」と叫んだ数十秒後には、人が駆けつけ、数分もすれば人でいっぱいになっていた。

 その人混みの中にディルミックを見つけると、わたしは一目散にそちらへ逃げる。適当に仮面を付けている彼に、わたしは思い切り抱き着き――そのまま、ずるずると床にへたりこんだ。安心からか、すっかり力が抜けてしまった。


「大丈夫か!?」


 ディルミックに返す言葉が一杯だった。

 大丈夫だと返して、ディルミックを安心させたかったし、わたし自身落ち着きたかった。

 怖かったと、泣きすがりたかった。

 おおごとにしてごめんなさい、警戒心がなくてごめんなさい、と謝りたかった。

 言いたいことがありすぎて、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃだ。でも、どうにか、頭を縦に振ることだけはできた。


「――これは、何事だ?」


 ざ、と人混みが簡単に割れる。

 その先には、第三王子がいた。この数分で着替えてきたのか、それともそもそも起きていたのか。どちらにせよ、寝静まる夜にふさわしくないほど、かっちりと着込んでいた。


 わたしの方を見ているのは分かったが、パニックでうまく言葉を整理出来ない。どこまで言って、どこまで言ったらまずいのか。順を追って説明した方がいいのか、それとも結論から先に言った方がいいのか。

 ただでさえ、王子相手に言葉を考えなければいけないのに。言葉が全然出てこない。


「……アンベラ」


 開け放たれた扉の部屋を見て、ぽつりと、王子が名前を呼んだ。

 そうだ、アンベラ嬢だ。婚約者さんの名前。

 部屋から出てきたのは、先ほどの顔が整った男の方だった。その男を見て、ディルミックの、わたしを抱く腕の力が強まった。


「これはこれは。テルセドリッド王子。夜分遅くに騒がしくして、申し訳ない」


 なにも悪いと思っていない様子で、男は言う。図々しいというか、図太いというか。

 わたしには美しく見えるその容姿なら、この国では随分な扱いを受けているだろうに。臆病で、自信を失ってしまったディルミックとは、全く違う。


「少々、交渉に熱が入ってしまいまして」


「交渉だと?」


 ドルミルーレを飲まそうとして交渉だなんて! 違う、と言いたかったが、王子が先に口を開いたので、ぎりぎりのところで思いとどまる。


「ええ。たかが辺境伯のカノルーヴァより、ボーディンラッドの嫁のほうが幸せになれる、と。これは善意ですよ、王子。あのカノルーヴァに正式な妻となって、いいわけがない」


 よくもまあ、ぺらぺらと言えたものだ。全部そっちの都合の癖に。


「……アンベラ」


 もう一度名前を、王子が呼ぶ。少し気まずそうに、でも、悪いことなんてしていない! と言わんばかりの表情で、婚約者さん、もとい、アンベラ嬢が部屋から出てきた。

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