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「わたくしは悪くありませんわ!」
悪いことをしていない、という表情だと思ったら、開口一番、アンベラ嬢はそう言った。
周りの人は何も言わない。皆、王子の出方を伺って、黙っているのだ。
でも、そんな沈黙の中でも、アンベラ嬢は平然と言い訳を述べる。
「そ、そもそも、テルセドリッド様が悪いんですのよ!」
まさかの言い分に、緊張が走る。名指しされた当の本人の顔色は一切変わっていなかったが。
「『あの』ディルミック=カノルーヴァが結婚式を挙げるなんて、許されませんわ! 醜男が幸せになっていいはずがない!」
これがこの国の総意だとでも言うのか。ざわつくことはないけれど、周りの視線は皆、王子に『温情を』と言っているように見えた。誰もアンベラ嬢を責める目をしていない。
アンベラ嬢の言うことを聞いて、おとなしくしていろ、とすら思っているような、そんな目だ。
「――アンベラ。私の活動に理解を示してくれなくていいとは言った。でも、邪魔をしないでくれ、とも言ったはずだが?」
しかし、周りのそんな目線をものともせず、冷たく、切り捨てるような声音で、テルセドリッド王子が言った。
流石のアンベラ嬢も、これには、少しおびえた様子を見せた。それでも、彼女は引かなかった。
「醜男なんて、醜く生まれたこと自体が罪! そんな悪人が幸せになる権利なんて、どこにもない!」
興奮して叫ぶ彼女をひっぱたきたかった。わたしがひっぱたくべく立ち上がろうとしたのに気が付いたのか、ディルミックがおとなしくしておけと言わんばかりに抱き寄せた。
今話しているのはグラベイン王国第三王子と、その婚約者。わたしが口を挟める立場ではない。
でも、それでも、一言、言ってやらなきゃ気が済まなかった。
「はつ、発言権を、求めます!」
わたしはやけになって叫ぶ。ここで黙って引き下がれない。ここで全部、悔しいことも悲しいことも見なかったことにして、丸く収めるのが、正しいのかもしれない。
でも、そんなこと、絶対に許せなかった。
「……許す」
「王子!」
アンベラ嬢が気に食わなそうに叫んだが関係ない。今、この場で一番偉い人間の許可が下りたのだ。
わたしはディルミックの腕の中から出て、ゆっくりと立ち上がった。まだちょっとさっきのことが怖いし、周りは皆わたしに注目しているしで、足に力が上手く入らない。
それでも、わたしは、言い返してやるために立ち上がった。
「ディルミックは、何も悪くないです! 彼は何もしていない! わたしの愛した人を悪く言わないでください」
言葉を選ばなきゃならない。
偉い人間相手で、この世界はディルミックを醜いと思っていて、それが正しいことで、正しくないことを正しいと言ってしまうことは、許されないことだから。
もどかしい。酷く、もどかしい。
でも――。
「わたしは、胸を張って言えます。わたしを愛して、わたしが愛したディルミックーカノルーヴァは世界で一番美しい!」
わたしがこれから、彼を一番の幸せ者にするのだから、幸せになる権利がないなんて、馬鹿げたことは言うな。
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