130
わたしがそう言い切ると、シン、とその場が静まりかえり――一人の笑い声が響いた。
馬鹿にするような笑い方ではない。もっと、明るい笑い方である。
「――凄いな、ディルミック。この国で、この状況で、君を『美しい』と言い切ってしまう女性を見つけたなんて」
笑い声の主である王子は、嬉しくて仕方がない、とでも言わんばかりの表情をしていた。
「……自慢の妻です」
震える声で、ディルミックが言った。自慢の妻か。いいな、嬉しい。
場違いにもちょっとぐっときていると、ヒステリックな声がわたしを現実に引き戻す。
「……っ、わ、笑いごとではありませんわ! 王子、こんな男を美しいだなんて、その女、魔王肯定派に違いありませんわ!」
――魔王肯定派。随分昔に、一度聞いたことのあるような呼び方だ。確か、ディルミックに教えて貰ったんだっけ。
「……だそうだが?」
王子に、そう言われてわたしは困ってしまう。だって、魔王肯定派と言われても、何が基準なのか分からないし。自分が美しいと思った相手を美しいと言っただけで魔王肯定派と分類される分けじゃないだろう。
……そうだよね? グラベインの国民性を考えるとちょっと……うーん……不安が。
「……し、強いて言えばディルミック肯定派です」
魔王肯定派の基準が分からないので、こういうしかない。
すると、この回答をいたく気に入ったのか、王子は大笑いしだした。『王子』という職務を忘れて、年相応に、馬鹿笑いをしている。大丈夫か、これ。
ひとしきり笑うと、彼は笑いで滲んだ涙をぬぐった。
「いいな。こんな人間が、この国に、他もいたとは。私の活動の未来は、そう暗くなさそうだ」
……他? まさか、この王子自身の美醜観も逆……とか? まあ、それは考えすぎか。
一人で差別撲滅運動をしているわけじゃないだろうし、彼の運営しているであろう団体の他に、という意味のはず。
「さて、アンベラ、それからエノーリオ卿」
びくり、とアンベラ嬢と、男性が肩を揺らした。先ほどまで、楽しそうに笑っていた人間とは思えないほどの、冷たい声である。
「このようなことを起こして、何もないと思っていたか? ……とはいえ、私はまだ王子の身。継承位は第三位で、王になることも難しいだろう。よって、私自身、勝手な判断で貴殿らに罰を与えることは出来ない」
罰を与えない。そう言っているはずなのに、到底安心できないような、そんな声。こっちまで緊張してくる。
「とはいえ、私は明日の『立会人』だ。その権限を持って、アンベラの共を、エノーリオ卿……いや、ボーディンラッド家の立ち会いを許可しない。式の会場に、立ち入ることを許さない」
王子の発言に、二人は焦ったように「そんな!」と弁明の声をあげようとしていた。そんなにまずいことなんだろうか。……後で義叔母様に聞こう。今ちょっと聞ける雰囲気じゃないし。
王子は二人の弁明に一切耳を傾けず、あちこちに指示を出していく。集まった人間が、王子からの命を受けて、一人、またひとりといなくなっていく。
「――カノルーヴァ夫人」
「……っ、はい!」
一瞬、反応が遅れた。そう呼ばれるのは、初めてだったからだ。
「不安な思いをさせて申し訳ない。立場上、頭は下げられないが、謝罪の言葉は受け取ってくれると嬉しい。今晩は、寝られるか分からないが、新しい部屋を用意しよう」
そう言って、王子はまだ残っている使用人に、部屋を整えるよう声をかけていた。
「明日も朝から準備がある。ディルミックとは部屋を同じにするわけにはいかないが、私直属の従者を監視に置こう。私が最も信頼している従者だ。安心してくれていい」
そんな人をわたしにつけちゃっていいんですか!? と言いたかったが、王子は真剣な表情をしている。わたしはおとなしく、その申し出を受け入れることにした。
新しく用意された部屋につき、ベッドに倒れ込む。部屋の外に、監視の従者さんがいる。
今度こそ大丈夫。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます