42
翌日。
今日は義叔母様自体が屋敷に来ないので、本日もレッスンはお休みなのである。
お休みのはずなのである。
「み、ミルリ……それは、一体」
朝、着替えの手伝いに来たミルリは、普段では見慣れない『それ』を持っていた。見慣れないだけで、形状を見ればピンとくるのだが……。
「コルセットです」
実物を見たことはないが、知っている。知っているのだが、どうしてここにあるのか、ということである。
現在、わたしはマルルセーヌから持ってきた服と、何着かディルミックから貰った服を着用している。マルルセーヌから持ってきたのは、ほとんど寝巻か部屋着だけれど。いくら気合を入れて新品を買ったところで、所詮は平民が買った服。お貴族様の屋敷には合わない。
ディルミックがくれた服は、ゆったりとしたワンピースが多い。多分、わたしが平民で、貴族のドレスに馴染みがないので、気を使ってくれたんだと思う。
なので、コルセットとは全くの無縁だったのだが。
「フィオレンテ様より、本日からパーティーの日まで、毎日付けるよう言付かっております」
そうですよね! 貴族のドレスと言えばコルセットですよね。あの義叔母様が見逃すわけがない。
義叔母様のドレスを見て、嫌な予感はしていたのだ。あれは絶対に腰回り絞っているドレス。
まあでも、当日にぎちぎちに締め上げられて死にそうになるよりは、少しずつ慣れていく方がマシだろう。……多分。
「では、失礼します」
ミルリが慣れた手つきでわたしにコルセットを付ける。やばい、ドキドキしてきた。これわたし、耐えられるか?
まあ、耐えるしかないんだけども!
「奥様、いきますよ」
「うん――んんん、無理無理無理、折れる折れる折れる!」
最初はきゅっと締め付けられる程度で、たいしたことないじゃん、なんて思ったのだが、ミルリはいつまで経っても締め付ける手を止めない。
「奥様、息を深く吐いてください」
「ん、うう~――無理!」
容赦なさすぎでは? こちとらコルセット初体験ですよ?
息を深く吐けば、肋骨付近の痛みは和らぐが、代わりに苦しくてたまらない。こんなクソみたいな衣類、廃れて当然だわ。
「……このくらいにしておきますね」
まだ絞め足りない、とでも言いたげな声音で、ミルリが言った。恐ろしい。
「当日はまだ絞る予定ですので、徐々に慣れていきましょう」
これ以上絞るんですか!? 既に満身創痍なんだが!? 無理無理無理、貴族こわ! 怖すぎる!
コルセットを付けると、アンダーバスト辺りから腰周りまで、かっちり締め付けられているからか、自然と背筋が伸びる。猫背なんてやったら苦しくてろくに呼吸も出来ない。メリットこれくらいしかなくない?
義叔母様に何度も何度も所作に駄目だしを貰うより、こっちの方がずっと辛いんだが……。
こんなん当日にやられたら、緊張と苦しさに絶対ぶっ倒れていた。義叔母様、様様としか言いようがない。
ミルリに着替えを手伝って貰いながら、脳内で義叔母様に感謝の言葉を送りまくった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます