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そして翌日。わたしはディルミックの書庫にお邪魔していた。筆記用具一式と、ディルミックに今朝がた貰ったばかりの、ぴかぴかの教本を持って。
しかもなんと、教師まで雇ってくれるらしい。教師はわたしの部屋に取り付けられるミニキッチンの工事が終わってからになるらしいが。
まあ、たしかに文法とかは教えてもらわないと厳しいよね。ありがたい話である。
だから今日から一週間は、文字そのものの復習と、簡単な単語を覚えることにはげむとする。ディルミックから貰った教本は何冊かあって、文法を学ぶものや単語を書き取り覚えるものもあり、しばらくは後者の方にお世話になろうと思う。
ぺら、と開いたノートの一ページ目には、『ディルミック・カノルーヴァ』とディルミックの文字で書かれていた。わたしがお願いして書いてもらったものである。
単語を覚えるための教本は、イラストと単語がセットになっている、簡単な書き取り帳のようなものになっているのだが、底の一覧に、当然ディルミックの名前はない。
しかし、わたしの目標はディルミックに手紙を書くことだ。それなら宛名を書けないと駄目だろう、ということでディルミックに書いてもらったのだ。
まだ手紙を書くことは内緒にしておきたいので、ちょっと書いてもらうのに大変だったけど。サプライズしたい、という気持ちもあるのだが、目標が手紙とはいえ、グラベイン文字を覚えようと思ったきっかけが暇つぶしなので、あんまり切羽詰まって学ぶつもりがないのだ。ゆっくり覚えていきたいというか。
それなのに、手紙を出すね、なんて言ったら、変に焦ってしまう。早く渡して返事が欲しいなあ、と思う気持ちもあるが、自分で早く、と思うのと、周りに催促されて早く、となるのとでは、やっぱりちょっと違うと思うのだ。
宣言して『やっぱやめる』という退路を断つのも手だとは思うが、気楽に行きたいのである。
ディルミックの字が綺麗なのか、グラベイン文字に馴染みのないわたしには分からないが、読みやすい字だと思う。まあ、お貴族様が悪筆ってことはないだろう。多分。
がりがり、とガラスペンをノートに走らせる。
ディルミック・カノルーヴァ。
わたし自身の名前、ロディナを除けば、初めて書いた、グラベイン文字。
ディルミックの様に上手く書けるわけでもなく、へにょへにょで、しかもインク染みが出来てしまい、めちゃくちゃ汚い文字になってしまったけれど。
なんとなく、このノートは、使い切ってしまっても、記念に一生取っておこう、と思った。
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