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数日後、ディルミックに誕生日を祝う手紙を渡したい、と義叔母様に相談すると、彼女の眉がぴくりと動いた。本当は、自分で考えて書ければ良かったのだが、まだまだそれは難しそうである。おめでとう、の一言くらいなら書けるが、それだけだとちょとさみしい。
「貴女は……」
珍しく、義叔母様が言葉を選んでいる。きょろきょろと辺りを見回していた。……誰もいないことを確認しているのだろうか。 今、わたしの私室にいるのはわたしと義叔母様だけ。呼べばミルリがすぐ来るだろうが、小声で話しても、わたしたち以外に聞く人間がいない。
それを分かったのか、義叔母様は口を開く。それでも、小さな声だったが。
「貴女は、あの子に懸想しているの?」
「け、けそう……?」
聞いたことない言い回しに、思わず首を傾げた。答えを誤魔化そうとしているのではなく、質問の意味が分かっていないのが伝わったらしい、義叔母様は「あの子を男として好いているのか、と聞いているのよ」と分かりやすく言い直してくれた。
…………。
いや、言い直されはしたけども。
「た、誕生日にプレゼントを送るだけでそうなりますか?」
言い直されても質問の意図がよく分からなくて、質問を質問で返してしまった。プレゼントくらい、ちょっと親しければ送りあうものだと思うんだけど……。
そりゃあ、高価なものを送ると言ったら、そんな反応をされるのは分かるが、手紙一枚送るのに、そんなに大げさな話になるのか?
しかし、義叔母様はいたって真面目に、ふざけた様子など一切見せずに話を進める。
「プレゼントだけの話ではありません。あの子の為にパーティーに出席もしたでしょう。平民にも関わらず、わたくしに教えを乞うて、レッスンもした。……そもそも、あの子の妻として平然と隣に立っている時点で、わたくしには考えられないわ」
わたしにとって、あまり深く考えて行動していなかったこと全てが、彼女の目には『異常』に映ったらしい。
まあ前世の記憶が違う上に出身国が違うので、価値観は全くと言っていいほど違うのは確かだが。
でも、ディルミックに恋愛感情を抱いているかと言われれば――。
「わかり、ません……」
そう答えるしかない。
「わたしは、彼にお金で買われた立場の人間ですし、なにより、マルルセーヌ人です。マルルセーヌには、差別がほとんどないので、ディルミックの顔をどう思うと、それが彼を嫌悪して忌避することにはあまり繋がらないというか」
まあ、顔面がかっこいいとは思っているけれど。
「だから、『お金で買われた人間だから』とか、その……言い方が悪くなってしまいますけど、『ディルミックに同情してしまうから』とか、恋愛感情以外にも、彼に接する理由があるので、ええと……懸想? かは断言できないです」
他にも、体を許している相手だから、とか、顔がいいからしょんぼりされるとちょっと弱い、とか、まあ理由はあるが、こちらは言わなくていいだろう。義叔母様に夜の話とか似合わないし、そもそもしたくない。
なにより。
仮にわたしがディルミックに惚れていたとしても――わたしはそれを認めるのが怖い。
これは、彼を好きになって、グラベインの国民から石を投げられるのが怖いのではない。前世から続く、わたしの価値観からの恐怖だ。
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