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義叔母様は、しばらくわたしの顔をじっと見た後、「まあ、いいでしょう」と言った。
「手紙を書くのはよろしいけれど……貴女、それを他人に知られたら駄目でしょう。あの子からグラベインの美醜差別の恐ろしさを聞いていないの?」
義叔母様は少し咎めるような口調で言った。
確かに、最初の方に釘は刺されているが、義叔母様なら言っても大丈夫なような気がしたのだ。まあ、他に相談する人間がいない、というのもあるが。
「義叔母様ならいいと思って……」
「何を根拠にわたくしならいいと思ったの」
「義叔母様、なんだかんだ、よくしてくれるので。わたしにだけじゃなく、ディルミックにも」
そう言うと、義叔母様は目を瞬かせた。いつも貴族らしく、表情を作る彼女にしては、珍しい素の表情だった。
「よくしている……わたくしが?」
自覚がないのだろうか。
グラベイン貴族がディルミックに今までどんな仕打ちをしてきたのか、わたしは詳しく知らないが、それでも一度、貴族たちが集まるパーティーに出席しているのだ。
あのとき感じた嫌な視線と、義叔母様がディルミックに向ける視線とでは、全く違うように見えたのだ。ディルミックがどう思っているのかは知らないが、少なくとも、わたしには、彼女がいい人だと思えた。
「わたくしは……あの子によくできているのかしら」
義叔母様が、ぽつりと呟いた。彼女にしては珍しい、少し弱気な声。いや、珍しいどころか、初めて聞いた気がした。
「あの子もね、わたくしの甥姪の一人なのよ。わたくしにとって、甥姪は皆可愛がりたいものなのです」
義叔母様は、やはり周りに意識を向け、警戒しながら言った。
「でも、どうしても、生理的に顔が受け付けなくて……。グラベインの貴族という立場上、必要以上にあの子に構うことも難しいのです」
生理的に受け付けない、と言うあたり、ちょっと語気が強かったように思う。本当にこの世界の人は、ディルミックみたいな顔、受け付けないんだなあ。
「あの子が助けを求めて来た時だけ、助けるようにしていたのだけれど……」
どうしても顔が受け付けないから、愛することは出来ない。グラベインの貴族という立場なら、あの子に同情して特別扱いすることもできない。
義叔母様は、そう言った。彼女も、大切な親族のことを可愛がりたい気持ちはあるのだろう。ただ、どうしてもそれを実行できないほどの、嫌悪感があるだけで。
わたしからすれば、わたしがグラベイン文字を勉強したい! と言ったとき、義叔母様に講師を頼んだ時点で、結構彼女を頼っているように見えるんだが。
「だから、貴女があの子の支えになれているようで、嬉しいのよ」
義叔母様は少しだけはにかんで――すっと目を細めた。
「ただし、それとこれとは話が別です。わたくしだからよかったものの、あの子に対して懸想と捉えられるような行動は気を付けなさい。この話も、手紙の話も、本来聞かれてはならない話なのです」
わたくしとしたことが、とでも言いたそうな顔で義叔母様は言う。すごい切り替え用である。可愛がりたい、というのも本当だが、それ以上にディルミックの顔を受け付けないし、彼の顔がグラベインに認められないものであるということは、悲しき現実なのだろう。
「手紙を書くのはかまいませんし、書き方も教えましょう。ただし、第三者に知られてはなりませんよ。絶対に、です」
そう言う義叔母様は、すっかりいつもの調子に戻っていた。
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