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 ディルミックが襲撃されてから数日。あれから彼はばたばたと忙しそうにしている。屋敷内ですれ違った時に声を掛けようとしても、あんまり深堀してほしくなさそうな雰囲気を出しているので、あいさつと、軽い会話だけを交わすのみだ。


 当たり前だが、一般公開は急遽中止となった。まあ、そりゃそうだとしか言えない。

 ただ、ディルミックが、「まあどのみち人足は減っただろうな」と平然と言ったのが、さみしくてたまらない。多分、ディルミックの顔が割れてしまって、その顔がどんなものだったかが平民に知れ渡って、その結果誰も来なくなる、という予想だったのだろう。


 顔で善悪が決まる世界も、それを当たり前と受け入れている周りも、悔しくてたまらない。一番腹が立つのが、その世界を買えるだけの力が、わたしにはないことである。

 チート能力があるわけでも、文明を促進させるだけの知識もない。ほんのちょっと、前世の記憶があるというだけ。

 それでも、そんなわたしでも、彼の支えになることは出来ると思うので、出来ることから頑張るしかない。

 まあ、貴族の夫人として夫を支える、というのは……もう少し待ってほしいというか……。今は人の出入りを極端に減らしているようで、義叔母様すらろくに屋敷へ出入り出来ていない。教師がいないことには勉強できないので……。勿論、出された課題は頑張っているが。


 精神的な癒しを提供できないものか……とあれこれ策を練っているのだが、お茶をする時間はないし、夜は一人寝になってしまっているしで、もどかしくて仕方がない。

 が、今日は久々に一緒に寝られる日である。


 ベッドの上で「どうぞ!」とわたしは両手を広げた。ディルミックはすっかり固まっていた。


「え、ええと……? それは、どういう……?」


「ハグをするとストレスが軽減されるんですよ! ……な、何かの本で読んだので」


 今の世界だと証明されていたか自信がないので、慌てて付け足した。


「いや、うん……うん」


 ディルミックは片手で顔を覆い、もう片方の手をうろうろさせている。どういう感情なんだろう、それ。

 覆っている手の隙間から、目をきつくつぶっているのが分かるが、耳まで赤いので、多分嫌がってはないはず。というか先日想いを告げ合ったのに拒否されたら普通に悲しくて泣く。


「今日は話があるんだ……。先に、そう話、を。うん、話をしよう」


 うろうろさせていた手をぐっと握ったかと思うと、彼は深い息を吐いて、ベッドに座った。

 話? もしかしたら、何か進展があったとか、だろうか。事件の方が落ち着いた、とかだといいんだけど。


 そう思っていたのだが。


「――その、ロディナ。君は結婚式についてどう思う?」


 予想していなかった質問が飛んできたのだった。

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