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「何か聞いておきたいことはあるか? 今の説明で分からないことがあったら遠慮なく質問してくれ」
ディルミックはそう言ってくれるが、今のところは思い浮かばない。まあでも、義叔母様とレッスンを進めていたらそのうちなにか疑問が出てくるかもしれないけど。
「今のところは何も。でも、そのうち出てくるかもしれないので、その都度聞きますね」
「そうか。……ああ、そうだ。日にちが決まったぞ」
「あら、もう決まったんですか?」
つい先日は、ドレスやらレッスンやらを考慮したらこのくらい後になるな、という話だったのだが、早くも確定したらしい。
「ああ、日にちだが――」
「――!」
ディルミックが話す日にちを聞いて、わたしは何か運命めいたものを感じてしまった。
その日付は、一年前、丁度わたしがこの屋敷に来た日であり、わたしが契約書に名前を書き入れ、書類上、彼の妻となった日であった。
「……わざとこの日にしたんですか?」
「いや、そんなことはないが? どうしてそんな――」
よく分かっていなさそうなディルミックであったが、話している途中に気が付いたらしい。言葉を止め、ハッとした表情を見せる。
「覚えてたのか?」
余りにも嬉しそうに、とろんとした表情でほほ笑むので、そのまぶしさにディルミックを直視できず、わたしは少しだけ目線を泳がせ――でも結局、彼のことを見てしまうのだった。
「……金庫の暗証番号にもしたので」
照れ隠しにそう言うと、ディルミックがちょっとだけさみしそうな顔をした。まだ、笑ってはいるけど。いや違う、笑っているからこそ、ちょっとさみしそうなのが余計に際立って、心臓をぐわっと掴まれたようになる。
「嘘!」
わたしは思わずそう言ってしまっていた。
「結婚記念日の日くらい、普通に、覚えてます……」
そういうと、再び嬉しそうな笑みに戻る。嬉しくて仕方ない、というその表情を見ると、ぐぬぬと呻きたくなった。
一瞬、わざとやっているのだろうか、と思った。貴族だし、表情を作ることくらい、慣れているに違いない、と。
でも、そう思って、すぐに、そうだろうかと、ちょっと疑問に思った。ディルミックは長いこと仮面を付けていたのだから、表情を取り繕う必要がない。声音くらいは操れるようになっているかもしれないが、表情はずっと隠していたからコントロールする必要なんかないわけで。
感情のままに表情をみせているのかな、と思ったらもう駄目である。
こんなの、惚れたわたしの負けとしか言いようがない。ぐぬぬ。
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