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マリッジブルーって、男でもなるもんなんだなあ、と、ベッドの中でわたしにすり寄って離れないディルミックを見ながら思った。
いや、男女両方がなるものだって分かってるけどね? やっぱ女性のマリッジブルーの話を聞くことが多かったからか、マリッジブルーと言えば女性の印象が強い。
なんて声をかけたものかなあ、と思いながら、ディルミックを抱きしめ、背中をさすった。服の上からでも肩の辺りが冷え始めているのが分かる。
「どうかしたんですか?」
どうかしたんですか、なんて、マリッジブルーだと分かれば、聞かなくても分かる。単純に、結婚式が不安なのだろう。
ディルミックはそろそろと、わたしの腰の辺りに手を回し、抱き着いてきた。
「……ロディナ、本当に、僕と結婚式を挙げることに異議はないのか?」
「何を言い出すのかと思えば……」
とっても今更な話ある。
今、引き返すことは出来ないし、引き返すつもりはない。後者はともかく、前者はディルミックでさえ分かっていることだろうに。
でも、それでも、こうして言葉にしないとディルミックは不安で押しつぶされそうなのだろう。
わたしの出身国であるマルルセーヌは、美醜観こそグラベインと変わりないが、差別のようなものはなかった。不細工はどうしても不細工だが、だからといって忌み嫌う対象ではない。
だからこそ、醜いから差別される、という感覚がいまいちピンと来ない。
前世でも、容姿が原因でいじめを受ける、という話をちらほら耳にして、ニュースで見ることもあったが、グラベインの様に全員が全員、いじめられるということもない。
そんなわたしが、彼にかける言葉は、どれも的外れな気がした。安全圏にいる人間の言葉ほど、渦中にいる人間に響かない言葉はない。でも、伝えたい言葉は山の様にあるのだ。
「式を挙げることで何かわたしに不利益なことがあるかもしれません。でも、どんなときでも、わたしはきっとディルミックを見捨てない。……貴方が、わたしはそういう人間だと、教えてくれたでしょう?」
「そう、だったな」
「というかそもそも、わたしが差別の対象になったところで、どう生活が変わるんですか?」
わたしは義叔母様以外に貴族の知り合いがいないし、ディルミック自身が社交界に出席することが極端に少ない。
だからお茶会でハブられるとか、ちくちく嫌味を言われる打とか、そういうシーンは一切想像できないのだ。仮に使用人からひそひそ言われたところで、平民の出だから、自分のことを自分でやることくらい、苦でもなんでもない。
わたしの人生はこれからも、この屋敷が基本で、たまにディルミックがどうしても出ないといけない社交の場にお供するだけ。
人間関係が狭いので、差別の対象になったところで、困るようなことはそうそう想像できなかった。
ディルミックにかいつまんで説明すれば、彼も彼でわたしと同じように具体的な不利益が想像付かなかったようで、少し安心したように、黙り込んだ。
「大丈夫、案外なんとかなるもんですって。楽観的かもしれないですが、貴方がいれば大丈夫って思えるんです」
わたしはそう言って、「もう寝ましょう?」とディルミックの胸元を軽く叩いた。
――結婚式まで、あと一か月。
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