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 なんでもどうぞ、というと、ディルミックは「マルルセーヌの結婚式はどんな感じなんだ?」と聞いてきた。


「グラベイン貴族として式を挙げる以上、こちら側に合わせて貰うことにはなるが、何か結婚式でしきたりやルールみたいなものがあるのかと思って一応調べたんだが、ほとんど資料がなくてな」


「まあ、でしょうねえ……」


 わざわざ調べてくれたのは嬉しいが、マルルセーヌは結婚式、というものをあまりしない。前世も今世もあまり結婚式というものが身近にない生活をしていたので、ディルミックと結婚する、となったときも、無意識に、式は挙げないんだろうな、と勝手に思い込んだくらいなのだから。


「マルルセーヌの結婚式って、一夫多妻の人しかやらないんですよね。一夫一妻の夫婦はまずやらないというか、やる必要がないというか……」


 マルルセーヌの結婚式は、一夫多妻の夫が、全ての妻に変わらぬ愛情を注ぐ、という宣言の為にするようなもので、それぞれの妻と全く同じ金額を使って式をあげるのだ。


 そういうと、ディルミックは妙に納得したような顔をした。多分、資料を探しても一夫多妻夫婦のものしか見つけられなくて、一夫一妻夫婦のものは全く情報がなかったんだろう。


「一夫一妻の夫婦は夫婦(めおと)茶器にお金をかけるので、そもそも式を挙げるお金がないっていうのもありますけど」


「夫婦茶器?」


 またお茶か? という声が聞こえなくもない。いや、ディルミックは言わないだろうけども……またお茶か? と思ってしまうのはわたし自身か。でもまあ、またお茶なのである。


「マルルセーヌ人って、他人に自分の茶器を絶対触らせないんですよね。お茶を淹れるのに使うときは勿論、洗うのも運ぶのも自分でやるんです」


 だから自慢で思入れのある茶器を手放せなくて、抱えたまま餓死するような人間が出てくるわけだが。ちなみに、子供に貸すことすら滅多にしない。


「でも、夫婦茶器だけは別で、夫婦共有なんですよ。他人に絶対触らせず譲れないものを共用するだけの信頼関係と愛情を築く、ってことなんですけど」


 だから目覚めの一杯、モーニングティーは夫婦茶器で淹れるのだ。先に起きた方が、寝ている愛しの片割れの為に。


「ちなみに形状も普通の茶器とはちょっと違うんですよね」


 ティーポットやカップはその辺のもので代用出来なくもないが、ソーサーだけは特注になる。伝統工芸品でもあるので、だからこそ高い。


「ソーサーの表面にね、指輪をはめられるようになってるんです」


「指輪を?」


「はい。マルルセーヌは結婚指輪の文化がありまして。……長年連れ添ったパートナーが死んだあと、そのソーサーの表面に亡くなったパートナーの指輪をはめてお茶をするんです」


 そうすれば、死んだ相手と一緒にお茶を飲んでいる気分になれるから。

 ソーサーにはめこまれた指輪を見て、連れ合いを思い出しながらお茶を飲む。悲しくはあるが、ずっと愛をはぐくんできた夫婦の終着点であり、マルルセーヌではロマンチックと憧れるものだ。


「ちなみに離婚するときは夫婦茶器一式をたたき割ります」


 ロマンチックな話の後に、急に現実に戻ったからか、ディルミックが軽く噴き出した。

 一度だけ、離婚をする夫婦を見かけたことがある。本当に喧嘩の絶えない夫婦で、妻の方がこれでもか、というくらいに茶器を粉々にしていたのが印象的だった。

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