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カップに残っていた茶を飲み干し、「そういえば」とわたしは一通の手紙を差し出す。
「これ、あげます」
ディルミックにわたした手紙は、ずっと渡せなかったお茶会への招待状である。もう、ある程度は辞書がなくても読み書きできるレベルにはなったのだが、ずっと渡そう、渡そう、と思ってきたものなので、ただの練習の産物、とは思えずに取っておいたのだ。
「……開けても?」
「どうぞどうぞ」
というかむしろ、早めに読んで貰わないと困る。なにせ日付を一週間後に設定してあるのだから。
手紙を読むディルミックの表情が、驚いたものから、嬉しそうに緩んだものへと変わる。
「……お茶会の招待状、初めて貰ったよ」
「まあ、一般的な貴族がお茶会って、女性の方が多いらしいですしねえ」
当然、マルルセーヌの貴族はそんなの気にしないらしいが。平民でも男同士が集まって茶を飲み合うことは珍しくない……どころか、当たり前の光景である。
にこにこと嬉しそうに招待状を眺めるディルミックを見ながら、わたしは絶対にいいお茶会にするぞ、と息巻いた。
茶請けのお菓子は一種類しか用意できないのでしかたないとしても、茶葉は何を用意するか……と考えていると、部屋の扉がノックされる。
「奥様、ペルタが参りました」
「えっ! 健診、今日だっけ!?」
扉越しに聞こえてくるミルリの声に、わたしはびっくりして、思わず立ち上がる。てっきり来週だと思っていた。
折角ディルミックの休みとわたしの義叔母様からのレッスンが休みの日が被ったのに……と思ってしまう。まあ、健診自体、サッと終わって、十分もかからない。
でも、三か月に一回くらいしかないのに、よくもまあドンピシャで被るものだ。前にも一般公開のときと被ったよな……。運がない。
「すみません、ディルミック。すぐ終わると思うので……」
「ああ、いや。構わない。……ロディナさえよければ、僕も同席しても?」
そう言えば、ディルミックはいつも仕事で同席したことはないんだっけ。本当にサッと終わってしまうし、痛みを伴うものでもないので、同席してほしいと思った子とは特にない。逆に、してほしくないという理由も特別なかった。
「すぐ終わっちゃいますけど、それでもよければ」
「君が健康であることをすぐに知れるだろう?」
まあ、ディルミックがいいならいいんだけど。
わたしはミルリに言ってペルタさんを招き入れる。
ペルタさんはディルミックがいることに――しかも、仮面を付けていないことに少し驚いていた。
結婚式が終わってから、ディルミックの仮面をしない範囲が、少しだけ広くなった。屋敷を出るときや、他の貴族と会うときはまだ仮面をしているが、この別館にいるときは基本的に仮面を外している。
ペルタさんは結婚式を終えた後のディルミックと会うのが初めてだったはず。今、仮面を外していることを知ったのだろう。
しかしそこは年の甲、というやつだろうか。すぐに健診の準備に取り掛かる。付き添いに来ていたバジーさんのほうが、よっぽど感情が顔に出ているくらいだ。
準備を終え、バジーさんが出ていくと、ペルタさんの手がわたしの腹の方へ伸びる。
「ん、それじゃあ奥様、失礼しますね」
ぼう、と光る手はいつまでも慣れない。つい笑ってしまいたくなるのを堪えながら、ペルタさんを待つ。
…………。
……いや、長くないか?
普段なら数分で終わるのに。体感だから、そんなに正確な時間が分かる分けではないのだが、いつもより長く見ている気がする。
「……奥様、体調に変化は?」
「え、別にこれと言って特には。何も……」
そこまで言って、いつものやりとりと違うことに気が付く。普段ならサッと手を引いて「兆しはありませんねえ」とちくちくする視線と共に言われるだけだ。
もしかして、と思っていると――。
「ん、奥様、ご懐妊、おめでとうございます」
「え、あ、え」
「元気なお子を、産んでくださいね」
言われていることは分かるのに、唐突な言葉に、わたしの思考が停止する。わたしが何か言ってフリーズするディルミックは、毎回こんな気持ちだったんだろうか。
そうだ、ディルミック。
わたしは思わず彼を見た。ディルミックも、丁度こちらを向き、顔を見合わせる形になる。
泣きそうになりながらも笑い、「――ありがとう」と言うディルミックは、やはり世界で一番美しいと、わたしは思ったのだった。
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