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ディルミックの私室に着くなり、ディルミックは護衛二人を廊下に待機させ、わたしたち二人だけで部屋に入る。
入るなり、ディルミックはパタパタとわたしを確かめるように、軽く叩きながらあちこち触る。
「怪我は? 本当にないんだな?」
わたしは大丈夫です、ディルミックは――そう聞こうとして、わたしの言葉はさえぎられた。
「――どうして僕なんかを庇ったんだ……っ」
ディルミックの、そんな一言によって。
「……僕なんか、なんて、言わないでください!」
瞬間的に、カッとなって、気が付けば叫んでいた。
ここに来るまでに、頭は冷やしておいたはずだった。勝手に動いてごめんなさい、護衛に任せればよかった、せめて声をかけるくらいにしておけばよかったですね、本当にごめんなさい。
そうやって、謝るつもりだった。だって、あれは本当にわたしが悪い。体が勝手に動いてしまった、なんていうのは言い訳で。
謝ろうと、そう思っていたのに。
「確かに、ああやって動いたのは悪かったですけど! 悪かったですけど、でも! 貴方はこの領土を守る領主なんですよ、そんな言い方するんだったら、ディルミックより、わたしの方が――っ。純銀貨五枚をドブに捨てることになったとしても、新しくまた買えばいいじゃないですか! 所詮は金で買った女、代わりなんているでしょう!? でも、ディルミックは……このカノルーヴァ領の領主は、たった一人しかいないんです」
意地の悪い言い方をしている自覚はあった。事実ではあるけれど、わざわざ言わなくてもいいようなことを、意図的に選んで並べた。
ディルミックが、『僕なんか』と言うのであれば、こちらもそれなりの言葉を選ぶだけである。
言われて嫌なことは言うな、という意味でそういう言葉を選出したのだが――。
「……なんで、そんな風に言うんだ……っ!」
まさか、泣き出すとは思わなかった。いや、号泣、という風ではないのだが、こらえきれなかったのであろう涙が、筋となって落ちる。
流石に言い方がきつかったか、と一瞬ひるんだが、すぐに思いなおす。ほとんど逆切れみたいなものだという自覚はあるが、あんな風に卑下するディルミックだって悪いと思うのだ。
動揺しているのか、頭の中でわけのわからない言い訳をつらつらと並べる。
きつい言い方にはなったけれど、でも事実なのだから、もう少し自覚を持って――そう言おうとしたのだが。
「君の代わりなんていない! ……っ、惚れた女を守ろうとして、何が悪い!」
考えていた言葉が全てどこかへ吹っ飛んだ。
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