98

 ディルミックの私室に着くなり、ディルミックは護衛二人を廊下に待機させ、わたしたち二人だけで部屋に入る。

 入るなり、ディルミックはパタパタとわたしを確かめるように、軽く叩きながらあちこち触る。


「怪我は? 本当にないんだな?」


 わたしは大丈夫です、ディルミックは――そう聞こうとして、わたしの言葉はさえぎられた。


「――どうして僕なんかを庇ったんだ……っ」


 ディルミックの、そんな一言によって。


「……僕なんか、なんて、言わないでください!」


 瞬間的に、カッとなって、気が付けば叫んでいた。


 ここに来るまでに、頭は冷やしておいたはずだった。勝手に動いてごめんなさい、護衛に任せればよかった、せめて声をかけるくらいにしておけばよかったですね、本当にごめんなさい。


 そうやって、謝るつもりだった。だって、あれは本当にわたしが悪い。体が勝手に動いてしまった、なんていうのは言い訳で。

 謝ろうと、そう思っていたのに。


「確かに、ああやって動いたのは悪かったですけど! 悪かったですけど、でも! 貴方はこの領土を守る領主なんですよ、そんな言い方するんだったら、ディルミックより、わたしの方が――っ。純銀貨五枚をドブに捨てることになったとしても、新しくまた買えばいいじゃないですか! 所詮は金で買った女、代わりなんているでしょう!? でも、ディルミックは……このカノルーヴァ領の領主は、たった一人しかいないんです」


 意地の悪い言い方をしている自覚はあった。事実ではあるけれど、わざわざ言わなくてもいいようなことを、意図的に選んで並べた。

 ディルミックが、『僕なんか』と言うのであれば、こちらもそれなりの言葉を選ぶだけである。


 言われて嫌なことは言うな、という意味でそういう言葉を選出したのだが――。


「……なんで、そんな風に言うんだ……っ!」


 まさか、泣き出すとは思わなかった。いや、号泣、という風ではないのだが、こらえきれなかったのであろう涙が、筋となって落ちる。

 流石に言い方がきつかったか、と一瞬ひるんだが、すぐに思いなおす。ほとんど逆切れみたいなものだという自覚はあるが、あんな風に卑下するディルミックだって悪いと思うのだ。

 動揺しているのか、頭の中でわけのわからない言い訳をつらつらと並べる。


 きつい言い方にはなったけれど、でも事実なのだから、もう少し自覚を持って――そう言おうとしたのだが。


「君の代わりなんていない! ……っ、惚れた女を守ろうとして、何が悪い!」


 考えていた言葉が全てどこかへ吹っ飛んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る