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ぐすぐすと鼻をすするディルミックの目元を裾でぬぐう。いい加減学習してハンカチを持つべきだな……。ポケットになにか入っているという感覚が苦手で、どうにも入れたくないのだ。そりゃあ出かけるときは鞄に入れるけども。ポケットに入れる習慣はないわけで。
でもまあ、これからは持ち歩いたほうがいいだろうか……。
そんなことを考えていると、がしっと腕を掴まれた。力がほとんど入っていないので痛くはないが、急なことなのでびっくりする。
「それはそれとして、ロディナ。あんな刃物を持った奴の前に出るのが危ないのは分かるな? 今後絶対にやらないでくれ」
「は、反省してます……。それはもう……」
後悔はあんまりしていないけど、あの感じだと普通に護衛が間に合ったようなので、ただ単にディルミックの肝を冷やしただけである。その点は大いに反省せねばなるまい。
「わたしが悪いのは分かってるんで言い訳ってわけじゃないんですけど、それにしたって護衛一人って危なくないですか?」
今日は客が少なかったけれど、いくらなんでも領主が巡回するのだから、もう一人か二人、護衛がいてもいいと思うんだけど……。
「元々一般客には軽い所持品検査が行われるんだ。一人ひとり、丁寧にやっていたら時間がかかるから、ある程度ざっくりではあるが。だから、今日のような客が少ない日は一人護衛がいれば十分だったんだが……」
「あのサイズのナイフを見逃すのは、流石に、ちょっと……」
検査がザルすぎでは? と思ったが、ハッキリ言うのはためらわれて口ごもる。
しかし、ディルミックには言いたいことが伝わったようで。
「あのようなナイフを見逃したのなら、その検査員は節穴が過ぎる。いくら簡単に、と言ったって、あのナイフを見過ごすわけがない」
まあ、確かにあのナイフ、隠し持つっていう感じのナイフじゃなかったよね。
となると、考えられるのは……。
「所持品検査をした人がわざと通した……とかですか?」
「可能性としてはたしかにあるが、所持品検査をする人間は勤続三年以上の人間だからな。今更通すとは少し考えにくい。あり得ない話じゃないが。それよりも……」
そこまで言って、ディルミックは言葉を濁した。難しい顔をしている。
ハッキリしていないことを言いたくない、というよりは、あんまりわたしに血なまぐさい話を聞かせたくない、というところだろうか。
わたし自身、前世ではドラマとかで流血シーンを見ることが少なくなかったわけだし、ある程度耐性はある……と思っていたのだが、実際に見たら全然駄目そうだったので、深追いして聞きたい話ではない。
「……とにかく、しばらくは引き続き護衛をつけるから、ことが解決するまではあまり外を出歩かないでくれ。しばりつけるようで悪いが……」
「いいえ、仕方ないことだと分かってます」
まあ、元々最近は勉強するかお茶を淹れるか、茶器の手入れをするか……というくらいしかしてないので、そこまで外に出なくても苦じゃない。幸い、茶葉のストックはまだあるし。
「でも、ディルミックの護衛も増やして、無理しないでくださいね」
そういうと、一瞬きょとん、としたディルミックだが、すぐに、「分かった」とふんわり笑ったのだった。
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