第6話 赤髪の青年

素材買取窓口には丁度誰もいないという事で、早速下級薬草の買取をお願いする事に。

窓口へ行き、担当らしきお姉さん──受付の方々より若く15歳前後か──へと声を掛ける。


「……すみません、買取をお願いしたいのですが」


僕の声を受け、お姉さんは露骨に嫌な顔を見せた。そして、聞こえないと思ったのかそれともわざとか、小声で「……うわ……植物使い」と蔑称を口にする。


……あー、この人はダメなパターンだ。


先程のミラさんの丁寧で優しい対応から、もしかしたら冒険者ギルドの役員は皆僕のギフトの事は気にせず接してくれるのでは、と淡い期待を抱いていたのだが、早くもそれが崩れ去ってしまった。


困ったなぁと思う僕。しかしそんな僕の思いとは裏腹に、買取のお姉さんは外聞を気にしているのか態度は悪いなれどそれなりに対応してくれる。


……良かった。そうだよね、仕事はしっかりとしてくれるよね。


という事で、僕は鞄から薬草を全て取り出すと買取のお姉さんに預け、結果を待つ。


1分程経過した頃か、どうやら査定が終わった様で、お姉さんが査定結果と現金を持ってくる。


「55束で金貨1枚です」


………………ん? あれ、なんかおかしくないか?


僕は査定結果に疑問を覚え、一度断りを入れた後依頼書を確認しにいくと、そこには1束銅貨2枚と書かれていた。


……うん、間違ってないよな。


実は先程依頼書の説明を受けた際に下級薬草の売却額を聞いていたのだが、その際にミラさんは銅貨2枚と言っていた。現在目の前にある依頼書にある額と同じだ。


僕は歩き窓口に向かいつつ思う。


……この世界には銅貨、銀貨、金貨、白金貨が存在し、それぞれ10枚で一つ上の貨幣と同価値になる。つまり銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚というわけだ。


今回の薬草は確認した限りでは1束で銅貨2枚。つまり55束あれば金貨1枚と銀貨1枚の価値がある筈である。


しかし、査定結果は金貨1枚。おかしい。


という事で態度の悪い買取のお姉さんに問うてみる。


「下級薬草って1束銅貨2枚……ですよね? なら金貨1枚と銀貨1枚だと思うんですが」


僕の言葉を受け、お姉さんは何とも言えない表情のままでしれっと、


「あぁ。最近薬草の納品数が多く、多少値下がりしたんですよ。……なので、金貨1枚が正式な額です」


……嘘だとも言えなかった。何故なら僕は街の事情を詳しくは知らないのだから。


「依頼書は変更しないのですね」


「実はつい先程決まった事なんです。依頼書の方は後々変更致しますよ」


……いや、そんな訳あるかと思う。


10歳だからふっかけてきてるのか、それとも植物使いだからと馬鹿にしているのか。


……さっきの呟きから何となく後者な気がする。


訝しむ僕の前で、これ以上は聞かないという態度で佇む買取のお姉さん。


その姿を見て。


……まぁ、銀貨1枚位良いか。


僕はこれ以上ゴネるのはやめ、とりあえず流す事にした。

と言うのも、ここで文句を言ったりしてギルドが買い取ってくれなくなったりしたら、今後の活動に大きな支障をきたす事になるからだ。

ならば、先程のミラさんに報告をすればどうか。これも当然考えはしたが、僕自身彼女の事は完全に信頼して良いのか測りかねている所なのだ。

先程の対応を考えれば、彼女は間違いなく良い人である。だが、それが外聞を気にした表の顔で、裏ではギルド全体がグルであるという可能性もゼロではないのだ。


だからこそ、とりあえず今回は流し、今後ミラさんと会話を重ねていき信用に値すると判断したら、相談しようとそう考えたのである。


ということで、僕はそれで良いよと買取のお姉さんに伝えようとし──ここで。


「──随分とおかしな話だな」


突然若々しい男の声が聞こえてくる。


思わず振り向くと、こちらへと近づいてくる10代後半と思わしき赤髪の青年の姿があった。

その姿を目にし、買取のお姉さんが小声で「……ゲッ……火竜の一撃……」と言う。


火竜の一撃……聞いた事がある。


確か歴代史上最短でパーティーランクをBまで上げた若きホープだったか。あまり詳しい事はわからないが、4人パーティーで非常にバランスの取れたチームだと聞いた事がある。


……にしても、今の僕達の話し声聞こえていたの?


買取窓口は正面受付から離れた位置にある上に、冒険者ギルド内は様々な人の話し声で近場の人の声しか聞こえないようになっているのだが……流石火竜の一撃のメンバーと言うべきか、凄い聴力である。


そんな赤髪の青年は、僕の横へ来ると話を続ける。


「依頼……特に常時依頼ってのは掛け出し冒険者にとっては生命線。仮に金額に変更があんなら真っ先に依頼書に訂正すんのが常識じゃねぇのか?」


「……うっ…………」


「てか、そもそも値下げする程下級薬草の納品が多いなんて聞いた事ねぇんだけど」


「先程……決定した事で……」


「はー。値下げする程数あるんならあれだな。……俺らが時々下級薬草を納品してるけど、あれもうやめて良いって事だよな?」


「…………ッ!」


買取のお姉さんの表情が青ざめる。……何だ、やっぱり嘘だったのか。


と。ここで何やら揉めている事に気づいたのだろう、先程僕の冒険者登録を担当してくれたミラさんがこちらへとやってきた。


「あの、ヘリオさん……どうかなさいましたか?」


その姿に、丁度良いとばかりにヘリオと呼ばれた赤髪の青年は鋭い犬歯を見せつつニッと笑うと、


「お、ミラ、ちょっと聞きたいんだけどよ下級薬草の買取額って幾ら?」


ヘリオさんの言葉に、ミラさんは当然とばかりに、


「えっ……依頼書にも記載してあります通り、1束銅貨2枚ですが……」


「55束なら?」


「金貨1枚と銀貨1枚ですね」


ミラさんの言葉を受け、獰猛な笑みを浮かべたヘリオさんが買取のお姉さんの方を向く。


「……だとよ、買取担当のお姉さん」


「──ッ! アケビ……まさかあなた……!」


ここでミラさんは理解したのだろう。目を見開くと、買取のお姉さん……アケビさんの手元にあった紙を手に取るとジッと眺めた。

そしてその美しい容貌をクシャッと歪めた後、すぐにこちらへと向き直り、


「申し訳ございませんでした」


と頭を下げてきた。


その後色々なやり取りがあった。


受付の時のほんわかした姿の一切見えないミラさんに睨まれながら、アケビさんが謝罪をしたり、謝罪の意味も込めて金額を上乗せすると言うので、そこまでしなくても良いと断ったら、何故かヘリオさんから「駆け出しなら貰えるもんは貰っとけ」と言われ、しぶしぶ受け取る事になったり。


また、今回の件を受けアケビさんを解雇する様上に掛け合うと言うので、僕が慌てて「実害も無いですし、アケビさんも若気の至りだと思いますので、解雇は勘弁してあげましょう?」と言ったら、全員からアケビさんよりも見るからに若いあなたが何言ってるの? みたいな目でみられた。


……そうだっけ僕まだ10歳だった。


前世の記憶を思い出してから時折自身の年齢を忘れてしまう時がある。気をつけようとそう思った。


結局、先程の僕の発言も含めて上に報告、その上で判断が下される様だ。


とまぁ色々あったが、結局僕は下級薬草を売っただけで金貨3枚を得る事となった。……代わりに騒動により周囲から余計に注目を浴びる事にはなったのだが……。


と、ミラさんとアケビさんによる再三の謝罪を受けながらも、僕は冒険者ギルドを後にしようと考え、その前にヘリオさんの方へと向き直ると、


「すみません。ありがとうございました」


と言い、頭を下げる。それを受け、ヘリオさんはワイルドな、しかし人の良い笑み浮かべると、


「いいって事よ!」


と言うのであった。

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