第104話 火竜の一撃 vs ネフィラ
「あら、行っちゃった」
火竜の一撃の眼前で、ネフィラはレフトが走り去った方向に目を向けながら、しかしなんの危機感も抱いていない声音でそう言う。そして次にその視線を火竜の一撃へと向けると、首をクイっと上げた後、彼らに声を掛けた。
「ほんとにいいの? あの坊やだけで。さっきもあたしに手も足も出ず負けたというのに。ヴォルデも決して弱くはないし……これじゃ、無駄死によ?」
別に心配している訳ではなく、単に抱いた疑問を口にしただけの彼女の言葉に、グラジオラスは相変わらずの力強い声音で答える。
「ガハハ! あいつなら大丈夫だッ!」
ネフィラがニッと口の端を上げる。
「……へぇ、信頼しているのね」
「ジオが言ったからってのもあるが、まぁレフトのことは信頼してるぜ。なんせあいつはこれまでも危機的な状況を柔軟な発想力で乗り越えてきたからな。きっと今回もなんか凄いことをやらかすような、そんな気はしてるわ」
「確かに。きっとレフトは驚くような成果を持ってきてくれる」
「その点に関して言えば、きっと皆同意見よね」
言って苦笑いともとれる表情を浮かべる火竜の一撃に、ネフィラは相変わらず興味なさげな調子で口を開く。
「ま、なんでもいいわ。たとえあの坊やにイヴを取り返されても……こちらで火竜の一撃を全滅させれば、結局は目的を達成できる……ねぇ、そうでしょう?」
「お宅の場合はそうなるな。けどよ──させると思うか?」
言ってヘリオは獰猛な視線をネフィラへと向ける。対してネフィラは恍惚の表情を浮かべた。
「いいわぁその視線。ゾクゾクするわ。……おもわず一曲ダンスの申し出をしたくなっちゃうほどに」
「ははっ! お生憎様、予約で一杯でね」
「あら、一体誰が──」
「もちろん、俺の仲間たちだッ」
言葉と共に、ネフィラへ火球を放つ。凄まじい威力のそれは、しかし魔人形と呼ばれる化け物によって防がれてしまう。
「……ふふっ。そう、それは残念だわ」
「……チッ! やりづれぇな」
──魔人形は、人間を元にしている。コニアから得たその情報が引っかかり、ヘリオはその戦い辛さに思わず舌打ちをする。
その気持ちはやはり火竜の一撃全員が共通のようで、この後何度も攻撃を行うも、やはり魔人形に意識が向いてしまい、中々力を発揮できず攻めあぐねていた。
その姿を目にしながら、ネフィラは煽るように笑みを浮かべる。
「あら……どうやらヴォルデがお人形さんになったようね」
「……なっ!?」
「ふふっ、坊やは……あら、随分と様変わりしたわね。ただ、どうやら防戦一方のようだけど」
「レフト!」
「あなたたちからしたら心配よね。でも、終わりよ。あなたたちはここで私に殺されるの。……深い深い絶望の中でね」
言葉の後、ネフィラが妖しい結晶のようなものを取り出すと、それを飲み込んだ。
瞬間、彼女の原型が無くなるほどに変化し……それが収まった時、彼らの眼前には魔人形と呼ばれる化け物と同じ形になったネフィラの姿があった。
その姿に、火竜の一撃の大半が苦い顔をする中、1人考えを巡らせている人がいた。──マユウである。
「マユウ、なにかわかったのか?」
ネフィラから視線を外さずにそう問うヘリオ。その言葉に、マユウは呟くように思いついた考えを口にする。
「コニアさんの情報で、魔人形にするには種を植え付けると言っていた。なら、もしもこれをピンポイントで破壊したら……?」
その言葉に、ヘリオは頷く。
「確かに心臓とかに寄生するタイプだとちと厳しいが、種が単体で存在してるのなら、それを破壊すれば可能性はあるな」
言葉の後、一拍置いて再度口を開く。
「マユウ。解析はできるか?」
「ん、できる。ただ5分はほしい」
「おーけー、5分だな」
「よろしく」
「ジオ、リアトリスやるぞ」
「おう!」
「えぇ」
2人の返事の後、ヘリオは【竜化】した状態のまま、ネフィラの元へと飛んだ。
そうなれば当然他の魔人形が行く手を阻んでくるが、そこはリアトリスとグラジオラスによって抑えられた。
ヘリオがネフィラへと迫る。
「ふふっ、私単体なら勝てるとでも思った? 甘いわよ」
その言葉と同時に、ヘリオとネフィラが衝突をし──ここで力負けをしたヘリオが、後方へと投げ出された。
「…………ちっ」
「ヘリオ! どうだ!」
「単体なら大したことはないな。ただ周りの魔人形がやっかいだな。あいつら込みなら間違いなく前回の魔族の男より強敵と言えるだろうな……だが」
ここで、後方で解析を行なっていたマユウが、呟くように声を上げた。
「──解析完了。すべての魔人形が右胸に結晶が埋め込まれている。魔力の流れを考えれば、これを破壊すれば魔人形から元の人間に戻る」
「でかしたマユウ」
言葉の後、ヘリオはすぐさま一体の魔人形へと近づく。それを見たネフィラが、ヘリオへと攻撃をしかけるも、そこは【剛体】を使用したグラジオラスと、マユウ、リアトリスによる攻撃により、完全に防がれた。
「……なんとしても死守しなさい!」
ネフィラの怒号にも聞こえるその声に、魔人形はヘリオの攻撃に応戦するも、やはり素体の力量の差か、すぐさま懐に入られてしまう。そして魔人形の右胸にヘリオの人差し指が突き刺さった。
瞬間、なにかが砕ける音が響くと同時に、魔人形が言葉とも呼べない悲鳴のようなものをあげ──そして数瞬の後、魔人形は元の少女へと戻った。
ヘリオはすぐさまその少女を抱えると、マユウのそばまで運ぶ。
「……マユウ、あとは頼む」
「ん、がんばる」
言葉の後、マユウは少女の治療、ヘリオたち3人は次なる魔人形の対応へと移った。
◇
いったいどれほどの時間が経過したのか。
少なくない傷を負うヘリオたちの眼前にはすでに魔人形の姿はなく、ただ1人ネフィラが立つだけになっていた。
「……折角集めたコレクションをよくも……」
言いながら、ネフィラは化け物となったその容貌でキッと鋭い視線を向けた後、ヘリオへと攻撃を仕掛ける。しかし──
「もう観念しろ」
たとえ魔人形となり力を増そうとも、ネフィラ単体ではヘリオの敵ではなく、簡単にいなされ、そして右胸へと攻撃を受けてしまう。これにより結晶が砕け散り、ネフィラは元の姿へと戻った。
「……ありえない……ありえないわ」
ネフィラは怨念のようにぶつぶつと、言葉を漏らす。
「火竜の一撃がこんなに強いなんて……あいつ、あたしに嘘を……?」
言葉の後、ネフィラはさらに口を開く。
「……いやよ、こんなところで終わりたくない。だから──」
そしてそう言うと、力を振り絞るように懐からなにかを取り出す。そして──「あなたたちに深い絶望を──」という言葉と共に、ネフィラはその姿を消した。
「……なっ!? 転移の魔道具だと!?」
ギフト以外では見たことないそれにヘリオは驚きの声を上げると、マユウに居場所を探るようお願いする。しかし、マユウはすぐさま首を横に振った。
「無理。結界で居場所が掴めない」
「……くそっ」
「転移は距離に応じて魔力の使用量が増す。たとえ魔道具でもそれは変わらないと思う」
「……ならそう遠くへはいっていないか。うし、んじゃ俺がネフィラを捜しに出る。その間、マユウとリアトリスは少女たちの保護と回復を、ジオはレフトを助けにいってやってくれ」
ヘリオのその言葉に皆頷き、彼らはそれぞれの役割を果たすべく、行動を開始した。
◇
「……はぁ……はぁ」
転移の魔道具を使い、命からがら逃げ出したネフィラは、現在息も絶え絶えの状態で公都の近くの草原を歩いていた。
その視線の先には、ガラナ山が聳え立っている。
「……火竜の一撃に……絶望を……」
すでに意識も曖昧な中、なおも呟くように声を漏らす。
「……あそこを登れば……封印を解けば──」
「──ねぇ、封印ってなぁに?」
唐突に響く楽しげな少女の声。その声に、ネフィラは絶望を感じた。
「リ、リリィ様……」
「うん、リリィだよ! それよりも、ねぇねぇ、封印ってなんのことなのかな? リリィその話知らない!」
「そ、それは──」
言い淀むネフィラであったが、ここでリリィが再び笑顔で問いかけた。
「ねぇ、教えてくれるよね?」
瞬間、ネフィラは先ほどまで言い淀んでいたことが嘘であったかのように、説明を始める。
「ガラナ山の山頂付近にある小さな洞窟、そこに『暴食』の少女が封印されています」
「あれ? 『暴食』ってヌラちゃんじゃないの?」
「ヌラ様は、呪印を有しておりません」
「そうなの!? 知らなかった! でも納得だよ。だってずーっと思ってたもん。七魔侯のくせに弱いなーって」
「それは……同じ七魔侯のリリィ様だからこそ思えることです」
「んー、そうかなー? ま、そんなことどうでもいいか! それよりもその『暴食』の子だよ! ねぇねぇ、どうしたらその封印って解けるの?」
リリィのその問いに、ネフィラは当然のように封印解除の方法を話していく。
「──そうすれば、解除できます」
「ふーん、案外簡単なんだなぁ。これならリリィでもできそう!」
言って楽しげな笑みを浮かべた後、すぐ様言葉を続ける。
「じゃあさじゃあさ! もう一個質問! それって誰に教えてもらったの……?」
「…………」
「答えられない……ならリリィの力に対抗できる人かぁ。誰だろうな〜」
「…………」
「ふふっ。封印を解く方法は秘匿しないのに、誰かは秘匿する。何か面白い思惑がありそう!」
言葉の後、リリィは改めてネフィラへと向き直る。
「ねぇねぇ、ありがとねネフィラちゃん。おかげで面白いことたくさん知れたよ!」
「滅相もございません」
「それでね、ネフィラちゃんにもう1つお願いがあるんだけど、聞いてもらえるかなー?」
「はい、あたしでよければ」
「本当! ありがとう! えっとね、リリィのお願いはね──」
リリィは満面の笑みを浮かべると、言葉を続ける。
「──ネフィラちゃんにはここで死んでほしい!」
そんな本来であれば目を見開くであろうその言葉に、ネフィラは至極当然とばかりに頷く。
「わかりました」
「ふふっ、ありがと! そして、さよなら!」
言葉と同時に、リリィはネフィラの呼吸を止める。ネフィラはビクッと何度か身体を震わせた後、完全に息を引き取った。
「……これでよしと! ふふっ、レフトくん喜んでくれるかな?」
リリィは恋する乙女のように頬を赤らめながらそう言うと、楽しげな様子のままガラナ山へと向かった。
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