第74話 ランターナ公国 公都ユグドリア

「レフト、外見てみろ!」


 ガタゴトと馬車に揺られる中、突然そんな男声が聞こえてくる。

 その声に従って、僕はほろの一部──今回、防水布を持ち上げることで、窓のように開閉できる構造であった──を持ち上げると、外へと顔を覗かせた。


 ──僕の名前はレフト・アルストリア。

 日本という世界で生きた記憶、いわゆる前世の記憶を持つ、ちょっと変わった男爵貴族の子息である。


 恩恵ギフトという特殊な力を誰しもが得られる世界で、僕は『植物図鑑』という特別なギフトを得た。

 しかしその初期能力から、残念なギフトだとバカにされ、様々な嫌がらせや中傷を受けることになった。


 その後金策を得る為に冒険者になり、そこで、火竜の一撃という最高の冒険者パーティーと出会った。

 それから何やかんやあって、モンスターの大量侵攻──スタンピードと対峙することとなり、そこで僕は『植物図鑑』の真の力を披露。


 結果、余計に多くの悪意に目をつけられることとなり、僕はそれらから逃げるように隣国、ランターナ公国の公都ユグドリアへと向かっているのである。


 そして現在、出発からおよそ1ヶ月が経過した頃、ついに目的地である公都を目前にしていた。


「あれが公都ユグドリア……」


 馬車の前方、開けた視界の先に、巨大な外壁が見える。

 その大きさは、僕の故郷、フレイの町をゆうに超え、出身国の王都に匹敵する程である。


 ちなみにここまでの道のりを、僕1人で移動してきたわけではもちろんない。


 なんと、フレイの町で出会った最高の冒険者パーティー、火竜の一撃がちょうど公都に用があるということで、彼らの馬車に相乗りさせてもらっているのである。


「レフちゃん! 凄いでしょ!」


 と、ここでそんな女声が後方から聞こえてくる。

 声を受け、ちらと馬車内へと視線を向けると、赤髪の美女がニコニコと人の良い笑みでこちらを見つめていた。

 彼女は、火竜の一撃のパーティーメンバーである、リアトリスさん。


 16歳という年齢の割には大人びた体躯をしているが、その見た目とは裏腹に、時折年相応の幼さを見せてくる。絶世の美女でありながら、親しみやすさをもあわせ持つ、完璧な女性である。


「ん、さすが公都」


 続いて、そんな彼女に同調するような声が、僕の腰辺りから聞こえてくる。


 僕が馬車の外に落ちないように、我先にと僕に抱きつき支えてくれたその少女は、シルクのような白髪と乏しい表情が特徴である、火竜の一撃の回復役のマユウさん。


 儚げな美少女という表現が適切か。作り物のような美しさを持っているが、決して近寄り難いとかはない。

 むしろ僕の姉を自称し、誰よりも可愛がってくれる優しい少女である。


 と、客車内へと戻り、そんな彼女達と会話をしつつ過ごしていると、ここで馬車が停車。その後少しして、外から会話が聞こえてくる。


 ……検問かなにかだろうか。


 しかしそれも一瞬のことで、すぐに馬車は動き出した。


 途端に聞こえてくる喧騒。

 ざわざわと、しかし心地の良いその声に、僕は再度客車の外へと顔を出す。

 同時になにやら腰辺りに柔らかい感触を覚える。


 ……なるほど、今回はリアトリスさんが支えてくれるようだ。


 人通りもあるだろうと、控えめに顔を出した僕の視界に、広大な街並みが広がる。

 僕は思わず感嘆の声を上げた。


「うわーー!」


「どうだレフト! 町の中も凄いだろ!」


 と、ここで御者席から力強い声が聞こえてくる。

 そちらへと視線を向けると、そこには火竜の一撃の盾役、グラジオラスさんの姿があり、馬を操作しながら、こちらへと豪快な笑みを浮かべている。


「はい! びっくりしました!」


 と、そんな彼に、僕は高いテンションのままそう返事をした。


 ──ちなみにこの間もあらゆる場所から、火竜の一撃に向けた暖かい声が聞こえてくる。キョロキョロと辺りを見回せば、中には火竜の一撃の姿を見れるとは思わなかったのか、信じられないとばかりに呆けてしまっている人もいる。


 そんな町の様子にさすが皆さんと思いつつ、僕は視線をあちこちに向ける。

 やはり国が違うと店構えにも多少の差はあるのか、色々と気になる店が多く、思わずソワソワしてしまう。と、ここで御者席から、再び男声が聞こえてくる。


「観光も良いが、その前にギルドな」


 グラジオラスさんの隣に座るその声の主は、ヘリオさん。火竜の一撃のリーダーで、僕が皆さんと出会うきっかけとなった人である。

 僕はその声に「はい!」と返すと、再び馬車の中へと戻った。


 なぜギルドへ真っ先に向かうのか。

 道中に聞いたのだが、冒険者は、籍を移す際はまずギルドに行かなければならないらしい。

 今回はそれと、もう一つ火竜の一撃が公都に訪れた理由である重要な用事があるとのことで、僕達はギルドへと向かう。


 町に入り、ある程度進んだところで馬車を預けると、さらなる歓声の中、僕達はギルドへ向けて歩いた。


 その間、やはり僕のことが気になるのか、かなりの視線が向けられる。しかし、そこには好奇心はあれど侮蔑はない。


 ……よかった。大丈夫そうだ。


 ホッと息を吐きつつも歩みを進めると、ここで前方に見知った形状の建物が見えてくる。


「ヘリオさん、もしかして……」


「おう。あれが公都の冒険者ギルドだな」


「あれが……」


 建物に視線を固定しながら、思わずボーッと呆けてしまう。

 しかしそれも仕方がないだろう。


 何故ならば、前方に見えるその建物は、見知った形状であれど、その大きさは故郷のものと比べ物にならないくらいに大きいからである。


「凄い……」


「なんてったって公国一の冒険者ギルドだからな、でかいのも当然だな」


 言いながら、ヘリオさんもジッと建物を見つめる。その表情からは、どこか感慨深げな様子が見てとれた。


 ……きっと、僕と出会う前の思い出がここにはあるんだろう。


 とはいえ、それも数瞬のこと。ヘリオさんはすぐさま視線をこちらへと向ける。


「……っと。ここで止まってちゃ周りに迷惑だな。早速ギルドへいくか」


「はい!」


 言葉の後、僕たちは再度歩き出した。そして少しして、ついにギルドの入り口が見えてくる。


 入り口付近には受付嬢だろうか、制服を身に纏った1人の少女がおり、随分と丁寧に掃除をしていた。

 さすが公都の冒険者ギルドだと感心しつつ、そちらへ向けて歩いていき──ここで、僕は思わず目を見開く。


「あれ? もしかして──」

「……んぁ? あいつは……」


 ここで僕たちに気づいたのか、掃除をしていた制服の少女は、ビクッとした後、恐る恐る顔を上げ──


「……げっ」


「アケビさん!?」


「なんでお前がここに──」


 ヘリオさんも知らなかったのだろう、制服の少女──アケビさんの姿に驚きの声を上げ……しかしそれを言い終わるよりも先に、


「アケビー、急に固まってどうし……って、えっ!?」


 という声とともに、ギルド内から美しい女性がやってくる。


 ──その姿を、僕たちは知っている。


「……ミラ!?」


 ヘリオさんのその声に、美女──ミラさんは、同じく驚きに目を見開いた。

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