第100話 仕掛け

「レフト! おい、レフト!」


「レフちゃん! お願い起きて!」


「……んぁ」


 その声に、僕は目を覚ました。


「レフちゃん! よかった!」


 すぐさまリアトリスさんが優しく抱きついてくる。


「……リ、リアトリスさん?」


 それを受け止めながら、ぼーっと辺りを見回すと、火竜の一撃の皆さんが勢揃いで僕を心配そうに見つめていた。


「レフト! 身体は大丈夫なのか!?」


「身体……?」


 グラジオラスさんの声を受け、僕は段々と現状を理解しだす。


 ……そうだ。ネフィラという魔族に負けて、それで──


「イヴ!」


 キョロキョロと辺りを見回した後、視線をヘリオさんへと向ける。


「ヘリオさん! コニアさんが裏切って、それでイヴが……!」


「あぁ、攫われた」


「……ネフィラという女と戦ったんです! でも女は魔族で、僕は負けて……!」


「落ち着け、レフト」


「なんでヘリオさんはそんなに冷静なんですか!?」


「冷静なんかじゃねぇよ」


「…………っ!」


「そう見せてるだけでな、俺自身の情けなさや、コニアさんへの失望で頭が今にも沸騰しそうだ」


 言って、グッと唇を噛むヘリオさんの姿を目にし、僕は段々と落ち着いてくる。


「……ごめんなさい、ヘリオさん」


「お前が謝ることじゃねぇよ。とりあえず、よく頑張ったな」


「……はい」


「……あと、レフトが無事でよかった」


「……はい」


 そう言って頷きながら、僕は大声を上げて泣いた。


 ◇


「落ち着いたか?」


「はい、もう大丈夫です」


「よし、なら今すぐ作戦を考えるぞ」


「はい! あの、場所は……」


「斡旋所にすべき。なにか証拠があるかもしれない」


「……確かにな、とりあえず向かうぞ」


「えぇ」


 言葉の後、僕たちは使用人斡旋所へと向かった。

 斡旋所に到着した僕たちは、念のためすべての部屋を確認したが、これといった痕跡は見つからなかった。


 リビングに集まり、席につく。


 辺りを見回せば、皆さん一様に難しい表情をしていた。しかしそれも当然か。

 なぜならば、コニアさんに裏切られ、イヴが攫われ、さらには一刻を争う事態だというのに、彼らの居場所についてなんの手がかりも見つからないのだから。


 と、そんな中で僕はウンウンと頭を悩ませていた。そしてふと、一つのことを思い立つ。


 ……それにしても、なぜコニアさんは僕たちを裏切ったのだろうか。


 恐らくではあるが、最初からネフィラたちとグルだった可能性は低いだろう。でなければ、イヴを狙っていたのに、わざわざ火竜の一撃を呼ぶのはあまりにもおかしい。


 ……なら、いつから?


 彼らが接触したであろうタイミング、その理由等考えを巡らせる。そしてその中で、僕は一つの疑問を覚えた。


 ……まてよ、そもそもなぜコニアさんは、わざわざ少女たちを避難させた?


 仮にイヴを、そして少女たちを狙う悪人だった場合、彼女たちを避難させず、斡旋所で集まっている時に襲撃した方が色々と上手くいくはずだ。


 ……であれば、少女たちには情があるけど、イヴだけは別だった?


 いや、恐らくそれもないはずだ。

 というのも、イヴは獣人であり、視覚以外の感覚が人より優れている。それは、例えば感情の機微についても同じであり、仮にイヴに情がなかった場合、イヴはそのことを早々に気づいてしまうはずだ。

 そしてイヴのこれまでを思い返すも、コニアさんに対して不信を抱いている姿は見られなかった。


 ……ならば、ならばだ。もしもイヴ含めた少女たちに今も変わらず情があるのだとして、なぜイヴを危険に晒すようなことをした?


「──それが、彼女を救う上で最善だったから……?」


「レフちゃん?」


 唐突にポツリと呟いた僕に、皆さんが首を傾げこちらへと視線を向ける。

 それに気がつくも、しかし僕は変わらず思考を進める。


 ……イヴを危険に晒す今回の行動が最善の選択になるのであれば、その場合にコニアさんが危惧したことはいったい……?


 ここで僕は、ふと魔族の女ネフィラとの戦闘を思い出す。あの時、ネフィラは僕の最大火力を受けても、ケロッとした様相であった。しかしそんな彼女や、今回襲ってきた化け物の姿を思い起こすも、その戦力ではとてもではないが、火竜の一撃には敵わないだろう。


 ……それなら、なぜ皆さんと対面した時、ネフィラはああも平静だった……?


 うんと頭を悩ませ、ここで僕はとある日の会話を思い出す。




「今回の件で白ってことはねぇよな?」


「流石にない。もちろん可能性がゼロではないけど、未だ疑わしいのは間違いない」


「ならあの余裕はなんだ?」


「彼女を悪とするのなら、単純に私たちよりも高い戦力を保有している……?」


「そんなことありえるか? 驕るつもりはないが、俺たちが集まっていようと問題ないほど高い戦力なんて、そう簡単に集められるもんじゃねぇぞ?」


「ん。私たち全員が集まっても敵わない人族は、私の知る限りほとんど存在しない」


「確かに人族なら、いないですよね。でも……」


「そう、魔族含め、他種族が絡んでくるとなれば話は変わる」


「魔族……」




 ……火竜の一撃よりも高い戦力……魔族……そう、確かにネフィラは魔族だった。それでも、確実にリリィのような絶望感のある存在ではない。


 ……なら、仮にネフィラが、彼女以上の、それこそ火竜の一撃よりも高い戦力の何かを有していたのなら? もしコニアさんがその情報を掴んだとしたら?


「レフト、なんか思いついたのか?」


 ここで、僕の姿を静観していたヘリオさんが、そう声を掛けてくる。


「あの、コニアさんは本当に僕たちを裏切ったのかなって……」


「私もレフトと同じことを考えていた」


「マユウさん?」


「色々と考えたけど、裏切るにしてはあまりにも不可解な行動が多すぎる」


「……詳しく教えてくれ」


 ヘリオさんの言葉を受け、僕は皆さんに僕の考えを伝えた。マユウさんも同じ意見が多かったようで、時折説明を付け足してくれる。


「──と、いうのが僕の考えです」


「なるほどな! 確かにレフトとマユウの考えも一理ある!」


「……でも、連れて行かれちゃったら、居場所が掴めないよ」


「それは──」


 確かにそれはそうだ。なら、どこかにその情報が……?


 僕はうんと頭を悩ませ、ここでふと思いついたかのようにその言葉を口にする。


「──トゥレ・イース・ユー」


 ──その瞬間であった。


「……っ、なに!?」


 リビングにある本棚、その内の一冊が唐突に淡い光を放ち始めた。


「本が光ってるぞ!」


「あぁ、これは……」


 皆さんが困惑する中、僕はゆっくりと本へと近づく。


「…………」


 そして本を手に取ると、ゆっくりと光っているページを開いた。

 瞬間、僕の眼前に謎の幾何学模様が現れる。


「皆さん、これって……」


 全員が僕の元へと集まり、その模様を見る。


「これは隷紋」


「隷紋……?」


「ん、基本的に奴隷商館の主が持つギフトの能力」


「商館の……つまり!」


「ん、恐らくコニアさんによるもの」


「…………っ!」


「この隷紋に触れてみて」


「はい!」


 マユウさんの言葉に従い、僕は隷紋に触れた。


「……うわっ!」


 瞬間、なにやら文字が浮かび上がった。

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