第109話 旅立ち

 そして月日は経ち、3ヶ月後。


 これまで斡旋所で過ごしていた僕たちだったが、試験を3日後に控えたこのタイミングでここを離れることになった。


 荷物を全て片付けた僕たちは、名残惜しさを感じながら室外へと出る。

 すると、僕たちの出発を見送るべく、コニアさんと少女たちが続いて外へと出てきた。


 僕たちの眼前にいる少女たちは──実はその数を大きく減らしており、ミサさんやりゅーちゃんの姿すら見当たらない。


 というのも、今回の騎士団への避難の際、少女たちの勤勉な様子から、彼女たちを雇いたいと騎士団から正式に要望があったのである。

 これにりゅーちゃんたちも了承をしたことで、彼女たちは晴れて騎士団所属となり、1ヶ月ほど前に斡旋所を離れたのである。


 ……正直彼女たちが離れる際はかなり寂しかったのだが、まぁ同じ公都内にいるのだ。いつでも会いにいけると、今はただ祝福の気持ちで一杯である。


 と、そんな感じで数が減った少女たち、コニアさんと共に僕たちは出発前最後の会話をする。

 たまには会いに来てねという少女たちに、もちろんと返す。これは決して嘘ではないし、同じ公都にいる以上、そう難しい話ではない。

 だからか別れを惜しみつつも、僕たちの表情は晴れやかであった。


 ──と、ここで。僕たちが乗車予定であった馬車が、斡旋所の前へやってくる。つまり……もうお別れだ。


 僕たちは再度言葉を交わすと、ヘリオさんから順に馬車へと乗り込んでいく。


 そして最後、僕とイヴが乗る番になったところで、唐突にイヴがコニアさんたちの方へと向き直った。そして──


「みんな、本当にたくさんの、本当にたくさんの愛を与えてくれて、ありがとう!」


 言葉の後、コニアへと視線を向ける。


「私を見つけてくれて、愛情たっぷり育ててくれて本当にありがとうございました! また、定期的に会いにきます。だから──またね、お母さん!」


「イヴ!」


 その言葉に、コニアさんは大粒涙を流しながらこちへと走り寄ると、イヴを力強く抱きしめた。

 こうして感動的な一幕の後、僕たちは馬車へと乗り込み、次なる目的地へと向かった。


 ◇


 目的地へと向かう道中。客車内にいる僕とイヴの眼前で、疲れてしまったのかリアトリスさんとマユウさんがくっつくようにして眠っていた。


「……眠ってしまいましたね」


「ふふっ、そうだね」


「レフトくんは眠くないんですか?」


「うん、僕は全然だよ」


 言って僕が頷くと、イヴはなんだか楽しげな様子で口を開いた。


「レフトくん、外の景色ってどんな感じですか?」


「賑やかで楽しい街並みに、雲ひとつない青空……かな」


「すごいです。たった十数文字の言葉なのに、なんだか情景が浮かんでくるようです」


 そう言った後、イヴはポツリと呟くように言葉を続ける。


「……一度で良いから、そんな楽しくて美しい景色をこの目で見てみたいです。……ふふっ、なんだかレフトくんといれば、そんな夢物語のような願いが、いつか叶うような気がします」


 言葉の後、柔らかく微笑むイヴ。そんな彼女の首元には、使用人の証である黒いチョーカーはすでに存在していない。今回の件で安全が確かなものになるため、必要ないとコニアさんが取ってしまったのだ。つまり彼女は世間一般で言うところの、奴隷という立場では無くなった。自由になった訳だ。


 ……だからこそ、彼女のもう1つの鎖を──


 僕はそんな強い思いと共に、これから共に歩むことになるイヴへ、宣言するように言った。


「僕が必ずイヴの目を治すよ」


「そんなことできるんですか……?」


「エリクサーという薬を使えば可能だよ。けど、エリクサーは世には出回らないし、なんとか材料を集めても、作成が成功する確率はゼロに近い」


「それは……」


「──でも僕の植物図鑑なら、一度登録さえすればいくらでも材料を生み出すことができる。それなら何度失敗しようと、近いうちに必ず作成できるよね」


「……ふふっ。それなら、尚のことレフトくんのそばにいなくちゃですね」


「嫌かな?」


「嫌なんて思いませんよ。むしろ──」


 と、ここまでイヴが言ったところで、僕たちは唐突に視線を感じ、正面を向いた。


 するとそこには、いつの間にか起きていたリアトリスさん、マユウさんの姿があり──「「じー…………」」とこちらへジト目を向けていた。


「いつの間に起きて……!?」


 思わず声を上げる僕の眼前で、2人がポツリと言葉を漏らす。


「なんかいい雰囲気」


「私たちが寝ている間にそんな、そんな……」


「「ずるい! 私たちも混ぜて!」」


 言葉の後、2人が僕とイヴへとまとめて抱きついてきて──こうしてなんともリアトリスさんたちらしい雰囲気とともに、イヴを巡る数々は幕を閉じた。


 ◇


 ──数ヶ月後。


「ふーんふっふふーん」


 ガラナ山という比較的標高の低い山、その山頂付近に、鼻歌を歌いながら歩く少女の姿があった。──リリィである。


「……うーん、ここらへんだと思うんだけどなぁ」


 リリィはまるでピクニックをしに来たかのように楽しげな様子のまま、周囲を散策する。


 そんな彼女の道程には、夥しい数の血痕があった。そのそばには原型を留めていない肉塊がいくつも落ちているのだが、それらの大半は、世間ではSランクと呼ばれる最高レベルの化け物のものであった。


 しかし、リリィはそんなことどうでも良いとばかりに、にこやかな笑顔のまま散策を続ける。そして数瞬の後、彼女はついに目的の場所へとたどり着いた。


「ようやく見つけた!」


 にこやかにそう言うと、リリィはなんの躊躇もなく、その目的地──化け物が封印されし洞窟へと足を踏み入れる。

 そのままどんどんと進み、道中に遅いかかる魔物を屠り、彼女はようやく最奥へと辿り着く。


「ふー、結構長かったなー。でも──」


 言いながら正面へ視線を向けると、そこには黒く濁った数mサイズの結晶があった。


「ふふっ、あとはこれを──」


 その結晶を目にし、満足げな表情を浮かべた後、彼女はネフィラに教わった方法で、これまたなんの躊躇いもなく封印を解除する。瞬間、地響きが鳴り始める。


「……ふふっ、できた! これで、また楽しいことになりそうだね。……ね、レフトくん」


 リリィは楽しげにそう言うと、封印の先にいるソレなどどうでもいいとばかりに、洞窟から離れていった。


 こうしてリリィの無邪気な行いにより、世にソレが放たれた。これにより、近いうちに再びレフトが騒動に巻き込まれることになるのだが──この時のレフトは、知るよしもなかった。


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以上で2章終了となります。

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