第108話 それぞれの行く末

 一体どれほどの時間が経過したのか、僕はふと目を覚ました。


 日の光の眩しさに目を凝らしながら、状況確認のために慌てて周囲を見回すと、ここが見知った建物であることに気がつく。


「……斡旋所。ということは、みんな無事だったのかな」


 記憶を整理しつつこの視線を下げると、僕の足元でベッドを枕にして眠っている1人の少女の姿があった。


「……イヴ。よかった、無事だったんだね」


 目前で尻尾をゆらゆらとしながら、だらしない表情で眠っている彼女の姿に思わず微笑みを浮かべていると、ここでイヴがピクリと両耳を動かす。どうやら目を覚ましたようである。


「うにゃ……」


 寝ぼけているのだろうか、イヴはそう謎の声を上げながらボーッと周囲を見回し──僕と目が合う。


「おはよう、イヴ」


「おはようござ──にゃっ!?」


 イヴはいつものように挨拶をしようとするが、ここでようやくはっきりと目が覚めたのか、猫のような声を上げながら驚いた表情になる。


「レフトくん! 目が覚めたんですね!」


 言いながら、イヴは慌てて僕の側へとやってくると、僕の身体をペタペタと触ってくる。


「怪我は……もう大丈夫なんですか!?」


「うん、身体を動かしても特に痛みもないし大丈夫だと思うよ」


「よかったです……」


 言ってホッと息を吐くイヴ。その表情を見て、僕はなんとなく思ったことを口にする。


「なんか憑き物が落ちたみたい」


「……ん? どうかしましたか?」


「いや、なんでもないよ。それよりも僕はどのくらい寝てたの?」


「えっと、丸2日……でしょうか」


「そんなに!?」


「はい、だから凄く心配で……あっそうだ! 皆さんにレフトくんが目を覚ましたって伝えてきますね!」


 イヴはそう言うと、すぐさま部屋を出ていった。


「あ、うん。よろし……いっちゃった」


 先ほどのイヴの表情はとても明るいものであった。いや、確かに今までも明るい子ではあったのだが、なんというか、醸し出す雰囲気に悲哀の念を一切感じなくなったのである。


 ……この様子だと、皆さん無事みたいだ。


 そんなことを考えながらボーッとしていると、突然ドタドタと地響きのような音が聞こえてくる。その音は段々と大きくなっていく。そして──遂にバタンと部屋のドアが開くと、リアトリスさんが凄まじい勢いで僕へと飛びついてきた。


「……れぶぢゃん!!」


「リアトリ……ぶっ!」


 リアトリスさんに抱きつかれ、その豊満な胸に顔が埋まる。


「よがっだ、ぼんどうによがっだよー!」


 言いながら、リアトリスさんが子供のように泣き出す。


「……ぷはっ! ふふっ、ありがとうございます」


「よう、レフト。目ェ覚ましたんだな」


「ガハハ! おはようレフト!」 


「レフト……大復活」


「ヘリオさん、グラジオラスさん、マユウさん! 皆さんが無事で本当によかったです!」


「俺たちよりもお前だレフト! あの時お前の姿を見た時はヒヤヒヤしたぞ!」


「……あの時……あ、そうだ。あの後どうなったんですか?」


「あの後か……ここで話してもいいが、あいつらもお前と会いたいだろうからな。とりあえずリビングの方へ行くぞ」


「あ、はい!」


「……立てるか?」


「えっと、リアトリスさんが離してくれれば……」


 小さく笑いながら僕がそう言うと、珍しくヘリオさんが吹き出し、それに釣られるように皆さんが笑い……その声に、ようやく平和な日々が戻ってきたんだなと、僕は強く実感した。


 ◇


 あの後リビングへ向かうと、斡旋所の少女たちが僕を迎えてくれた。


 皆騎士団に保護されていたはずだが、どうやら僕が眠っている間に斡旋所へ帰ってきていたようだ。それぞれがそれぞれの方法で僕の回復を喜んでくれる中、ここでりゅーちゃんが僕に話しかけてきた。


「れふとくん、りゅーちゃんしんぱいしたんだよ」


「ごめんねりゅーちゃん心配かけて。でももう大丈夫だよ!」


 言ってニコリと微笑むと、りゅーちゃんも微笑み返してくれる。


「あのね、りゅーちゃんきしだんさんでたくさんがんばってね、たくさんほめられたんだよ」


「おお! さすがりゅーちゃんだね!」


「それでね、りゅーちゃんね、きしだ──むー」


 と、りゅーちゃんがなにかを言おうとしたところで、その口をミサさんが塞いだ。


「ミサさん?」


「たのしく話していたのにごめんね? この子がまだ内緒にしなきゃいけないことを話しそうになってね」


「内緒に……」


「大丈夫よ。とても嬉しいお話だから」


「よかった。では話してくれる日を楽しみにしてますね」


「ええ! きっと近いうちに話せると思うから、楽しみにしてて」


「はい!」


 言葉の後、なにか仕事があるとのことで、ミサさんはりゅーちゃんを抱えてリビングを離れていった。


 と、そんなこんなで皆さんとお話していると、ここでようやくリビングにいるのが僕たち火竜の一撃とイヴだけになった。


「さてと、んじゃそろそろあの日のことを話すとするか」


「はい、お願いします」


 こうして僕はことの顛末を聞いた。


 あの日、ヴォルデを倒した僕は、イヴを檻から出そうと彼女に近づき、その途中で力尽きて倒れてしまったらしい。そこを、ネフィラとの戦いを終えたグラジオラスさんに保護され、すぐさまマユウさんの回復を受けたようだ。


 問題のダメージについては、結論から言うとそこまで大きな怪我はなかったが、魔力の消費が大きかったことと、3つの意識が混在しながら必死に耐えていたことから、目を覚ますのに時間が掛かってしまったとのことだ。


「……グラジオラスから話は聞いた。歪化のこと。確かにレフトの目標にはこの力が必要になるのかもしれない。けど、正直おすすめはできない」


「それは……そうですね。正直僕もあれの危険性は強く感じています」


「ん、でも使うなということではない。今回みたいな無茶をしないでほしい……それだけ」


「はい、肝に銘じておきます」


 と、そんな会話の後、ヘリオさんによるあの日の話が再開される。


 まずは敵のこと。


 ヴォルデについては、屋敷の件を解決した後、すぐに駆けつけてきた騎士団により、逮捕連行されたようだ。今回の件だけでも十分罪は大きいが、それまでの余罪についても複数の疑惑があるということで、恐らく死刑になるとのことである。


 次にネフィラについて。彼女は転移の魔道具を使用して逃げた後、ガラナ山付近の草原で死亡が確認されたようだ。

 道中に大量の血痕があったため、死因は出血死……と思いきや、どうやら違うようだ。


「それがな、死因は窒息死らしい」


「窒息死……ですか?」


「あぁ、だが付近にも奴の体内にも、窒息の原因となり得るものは見つからなかったみたいだ」


「それは……不可解ですね」


「あぁ。ま、その件は騎士団が調査するみてぇだからな、とりあえず俺らは続報を待つだけだ」


「了解です!」


「あとは魔人形になった子たちの件だが……マユウ」


「ん。結論から言うと、生存者はゼロ」


「ゼロ……ですか」


「そう。レフトがヴォルデにやったように、私たちも魔人形から人間へと戻した……それでもダメだった」


 ……マユウさんの回復能力でも助からない。つまりは人間へと戻した段階で、すでに事切れていたのだろう。


 それは決してマユウさんの責任ではないのだが、やはり回復を主として活躍している彼女にとって、救えなかったという事実はかなり辛く苦しいもののようだ。

 そんなマユウさんに、しかし僕は言葉をかけられずにいると、マユウさんは力強い声音で言う。


「もっと鍛える。みんなを救えるように」


「マユウさん! はい!」


 そんなやり取りの後、いくつかの話を聞いていき──ここで僕は今まで思いつつも口にはしていなかった事柄について話すことにした。


「それであの……コニアさんは──」


「あぁ、コニアさんか。あの人なら──」


 と、ここで斡旋所入り口から、ドアを開ける音が聞こえてくる。次いでトストスとこちらに近づいてくる音が響き──数瞬の後、リビングに大柄な女性が姿を現した。


「──ただいま……ってレフト君。目を覚ましたのかい!」


「コニアさん!」


「よかった、本当によかったさね」


「ご心配をおかけしました」


 言って頭を下げると、コニアさんは複雑な表情で口を開く。


「いや、謝るのはあたしの方さね。改めて、たくさん不安にさせて、そして怪我までさせてしまってすまなかったね」


「いえいえ! 確かにその瞬間は不安でしたが、それはイヴやみんなを思っての行動だってわかっていますから。怪我についても、コニアさんのせいではありませんよ。ただ僕が火竜の一撃のメンバーとして精一杯戦った結果ですから。むしろコニアさんのおかげで更なる脅威と対峙せずに済んで、感謝したいくらいですよ」


「……ありがとねぇ、レフト君。確かにあの行動は皆を思ってのものさね。でもね、どんな理由でも守るべきイヴを、手の差し伸べてくれたあんたたちを悲しませたことにかわりはない」


「コニアさん……」


 言葉の後、リビングに沈黙が走る。

 しかしそれも一瞬のこと、すぐさまコニアさんが言葉を続ける。


「……だからもう、そんなあたしにイヴと共にいる資格はないさね」


「コニアさん」


 と、ここで今まで口を閉ざしていたイヴがコニアの名を呼ぶと、衝撃的な言葉を続けた。


「……私、レフトくんと一緒に行きたいです」


「イヴ……」


 唐突なイヴの言葉に、きっと嫌われてしまったんだなと、コニアさんはなんとも言えない微笑みを浮かべる。


「ごめんなさいね。あたしが一瞬でも裏切ったばかりに──」


「違います。コニアさんのことを嫌いになったわけではありません」


 一拍置いて言葉を続ける。


「……コニアさん、私知ってるんです。同じ奴隷商館には、3年以上居られないことを。だからもし別の商館に行くことになったら、いやそれ以前に誰かに買われることになったら、きっとコニアさんと会えなくなる」


「イヴ……」


「私、それだけは絶対に嫌です。だって、私にとって、コニアさんは絶対嫌いになんてなれない、お母さんのような人なんだから」


 優しく、しかし力強いイヴのその言葉に、とうとう堪えきれなくなったのか、コニアさんが涙を流す。

 その姿を優しく見守りながら、ヘリオさんが口を開く。


「レフトは……まぁ衝撃的だろうが、実はあの日の夜、イヴから事前に相談を受けてたんだ。……今イヴが話した内容に関してな」


 一拍置いて、話を続ける。


「……まぁ元々面倒は見切れないと買うのを断っていたんだが、流石に今みたいな強い思いを聞いて、無碍にすることもできなくてな。俺たちは考え、んで1つの結論に至った」


 ヘリオさんはここで何故か僕へと視線を寄越すと、ニッと笑みを浮かべながら口を開いた。


「なぁレフト。……学園に入学する気はないか?」


「…………へ?」


「場所はここ公都で、名前はランターナ学園。んで試験はだいたい3ヶ月後で──」


「ちょ、ちょっと待って下さい。えっ、学園に入学……? それで名前がランターナ……って、大陸5大学園の1つじゃないですか! そ、そこに僕が……!?」


「落ち着けレフト」


「……ふー。すみません、落ち着きました」


「うし」


「それで、先程の話でどうして学園に入学するという話に……? 確かにランターナ学園レベルなら安全性は高いとは思いますが……」


「あぁ、実はな、そのランターナ学園の学園長が俺たちの知り合いでな。そいつがビビるぐらい強いんよ」


「ヘリオさんくらい……?」


「いや、それ以上だ」


「そんなに!?」


「ま、かなりの歳ではあるからな。年の功ってやつだ。……んでそいつのギフトが守りに特化したやつでな、学園内はそいつの結界に包まれている」


「つまり……」


「あぁ、そこにいりゃ俺たちの側にいなくても安全ってわけだ」


「なるほど……」 


「ほら、以前話していたろ? レフトの安全を確保する術はある。けどまだ時期じゃねぇって。それがこれでな。だからまぁ、あれだな。これは元々考えていたことで、イレギュラーによって入学が1年早まることにる……そんだけのことだ」


「1年早まるって、つまり飛び級ということですか!?」


「ま、そうなるな」


「やばいですよそれ」


「大丈夫、大丈夫。元々学力的には問題なかったしな。あとは戦闘力だが、それも今回でクリアだ。なんの問題もない」


「……むー、ヘリオさんがそう言うのなら、きっと大丈夫なのでしょう。でも、これじゃ僕の安全は確保できても、イヴはできませんよ?」


「忘れたのかレフト。学園に入学する貴族は1人メイドや執事を付けて通うだろ? あの枠にイヴを置けばいい」


「……確かにそれなら問題無さそうです」


「だろ? んで、どうするレフト。今後俺らも指名依頼で一時的にここを離れることもあるかもしれねぇ。で、それがもしSランクレベルであれば、必然的にレフトには町で待機してもらうことになる」


「たしかに……そうなると、どこか安全な拠点を確保する必要がありますね」


「だろ? その候補が、ランターナ学園って訳だ。ま、そもそも受かるかどうかってのもあるが、ここに飛び級で入学することなんて早々できないことだからな。きっと刺激的な学園生活になると思うぜ」


 ヘリオさんの言葉、イヴの思い、そして今後の僕について考え──僕はすぐさま結論を出した。


「……ヘリオさん、僕ランターナ学園を受験してみます」


「ははっ、レフトならそう言うと思ったぜ。……うし、そうと決まれば受験勉強だな! レフトやれるか?」


「はい! 頑張ります!」


 力強く返事をした後、僕はイヴへと声を掛ける。


「イヴ、手伝ってくれる?」


「はい! レフトくんが合格できるよう、全力でサポートします!」


 笑顔でそう言うイヴ。そんな彼女を優しげな表情で見つめていたコニアさんが、気合いを入れた様子で口を開く。


「よし! あたしもそれまでの間に、イヴに色々と叩き込むさね!」


「お願いします、コニアさん!」


 イヴの言葉にコニアさんが笑顔で頷き──こうしてあっという間に僕たちの今後について重要な話が終わった。


 

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