第107話 希望の情景
頭がごちゃごちゃになるようなたくさんの出来事を経て、今私の眼前で、レフトくんがヴォルデ子爵と戦っています。
……頑張って、レフトくん。
私を救おうと戦う彼を想い、心の中でそう願う……けど、目に見えずとも私は理解してしまいます。このままでは、レフトくんに勝ち目はないと。
それはレフトくんの力が足りないというわけではありません。
歪化という言葉の後、パワーアップをしたレフトくんの力は、間違いなく化け物になったヴォルデ子爵を上回るものです。
では、なぜレフトくんが追い込まれているのか。
その理由は、あるタイミングを境に、レフトくんの動きが精彩を欠くようになったからです。
……頑張って、頑張ってレフトくん!
私にはなにもできることがないから、だからせめて応援だけでも──そう考えて、私はふと思いました。
……本当に、できることはないの?
今目の前でレフトくんがピンチなのに、本当にただ祈ることしかできないの?
「そんなことはない。絶対にできることはあるはず」
私はそう思い、地面に手を触れると、都合良くちょうど良い大きさの石があることに気がつきました。
……これを投げて、ヴォルデ子爵に当てれば──
思い立ったらすぐ行動と、私は狙いを定めてヴォルデ子爵へ当てようと試みます。けど──
……だめっ、当てられない。
いくら獣人として優れた五感を持っていても、目の見えない私には、ヴォルデ子爵だけに当てるビジョンが思い浮かびませんでした。
……やっぱり私は祈ることしかできないの?
目の前でレフトくんが私を救おうと戦ってくれていて、私のせいでピンチに陥っているというのに。
──もっと私に力があったら。
ふと、そんな夢物語のようなことを考えてしまいます。
──たくさん欲しいわけでも、強いものが欲しいわけでもなくて、ただこの状況を打開する力を。
そんな考えが脳内に浮かぶ中、ここで私はふとレフトくんの言葉を思い出しました。
「ギフトの意味と可能性……」
すなわち『神眼』の可能性……『神眼』で今私ができること。
ありもしない空想ではなくて、私が持つ力を最大限活用する。
うんと頭を悩ませます。
……『神眼』……【時渡り】……ランダム……ランダム……?
ここで私は、ふと思いました。
今まで漠然と、【時渡り】はランダムで未来の可能性を見せてくるものだと思っていました。でも、本当にそうなのか……と。
もしもそうではなくて、自身の望むタイミングで、望んだ未来の可能性を見ることも可能なのだとしたら。
……試してみる価値はありそうです。
私は祈るように両手を合わせ、いつも未来を見ている時のことを思い出します。
……【時渡り】が起こるときは、宙に浮いているような、そんなふわふわした感覚で……。
思いながら、その時の感覚を掴もうとします。でも、やっぱりどうしてもうまくいきません。
それでも諦めずに続けていると、ここでふとある情景が浮かんできました。
──それはギフトを与えられた日、私がお母さんに捨てられたあの日の情景。
幼い頃から頻繁に暴力を振るってきたお母さん。でも私は、自分が盲目でろくに仕事もできないから、だから仕方がないことだと必死に耐えてきました。
……辛かったけど、それでも10歳になってギフトを手に入れれば、そうすればきっとお母さんに認めてもらえる。
その一心で耐えて耐えて、それでも現実は残酷で、私が手に入れたギフトは目にまつわるものだった。
──いったい何度思ったことか。もしも『神眼』以外の力を得られていたらって。
それは別に英雄になりたいだとか、誰かを救いたいだとか、そういう夢物語からくるものではなくて……ただ、お母さんに愛して欲しい……それだけだった。
だって、たとえ何度暴力を振るわれようと、口汚く罵られようと、それでも私にとってたった1人の家族だったから。
でも、結局お母さんは私を愛してくれることはなくて「あんたなんて産まなければよかった」という言葉と共に、私を殺そうと刃物を持ちだして──
……なんで今こんなことを思い出したんだろう。
私の中で、一番辛くて苦しい思い出。
それを今思い出したのは、きっとお母さんが好きとか嫌いとかそういうことではなくて、私が『神眼』というギフトを嫌いになって、なにも期待を抱かなくなったきっかけだから。
……それからずっと『神眼』に良い感情はなくて、でもこの前レフトくんとお話をして、はじめて考えが変わりました。
確かに『神眼』も1つの要因として、お母さんに愛されなかった過去があるのは間違いありません。
でもそれと同時に『神眼』だったから、コニアさんやみんなと出会えたのもまた私の身に起こった事実なのです。
……考え方ひとつで心持ちは変わる。
私はあの時の会話を再び思い起こしました。神様の話とか、ギフトの話とか、とにかくたくさん話したけど、難しくてよくわからなかったレフトくんのお話。……でも今の私には、その意味がわかるような気がします。
……私の、私だけのユニークギフト。今まで全く向き合うことなく、ずっと嫌っていた私だけのギフト。
私は再び祈りを始めました。
それは今までとは違って、初めてちゃんと『神眼』と向き合って行った祈り。
……もしもレフトくんの言葉通り、『神眼』を得た意味が、神様すら知らない可能性があるというのなら。
「お願いします『神眼』さん、なにもない私に少しだけ力を貸してください」
『神眼』と向き合い、『神眼』の可能性を信じてそう強く願った──その時でした。
(今回だけよ、宿主さん)
────え……?
唐突に脳内に響く、心地の良い女声。
そして同時に──私の【時渡り】が、起こりうる可能性のある未来を、私に見せてくれました。
──薄暗い廃墟で戦う満身創痍な2つの影。その内の一方、全身を黒い鎧で包んだ同年代の少年が、剣をもう一方の化け物の右胸へ突き刺す。その瞬間、なにかが砕けるように妖しい光が舞うと、少年の前で倒れ伏す身体の大きな男が現れ──ここで映像が途切れました。
私の心臓がどくどくと早鐘を打ちます。
……これはもしかして……レフトくんが勝利した未来?
私にはレフトくんがどんな容姿なのかはっきりとはわかりません。それでも、状況を考えれば、私が視た情景はまぎれもなく今のものです。
……ありがとうございます、優しいお姉さん。
私はそれを視せてくれたであろう声の主に心の中で感謝をすると、目前で勇敢に戦うレフトくんへ、大きな声で伝えました。
「レフトくん! 右胸です! そこを突き刺させば、すべてが終わります!」
突然の私の声に、きっとレフトくんは驚いたことでしょう。それでも、レフトくんはすぐさま「右胸──ありがとう、イヴ!」と言うと、まるで全幅の信頼を寄せているかのように、一切の疑いを見せずに、右胸へと攻撃を仕掛けました。
ヴォルデ子爵にとってやはりそこが急所だったようで、露骨にそこを庇うようになりました。その影響で子爵の動きはわかりやすく悪くなり、先ほどまで劣勢だったレフトくんが一転子爵を追い込む形になっていきました。
……また、まただ。
その姿を感じながら、私の心臓が再びトクンと鳴りました。
先ほど視た可能性。そこにでてきたレフトくん。柔らかそうなふわふわで美しい金色の髪に、整った容貌。
──年齢が違う。身長も違う。顔つきも違う。それでも、私は確信しました。
ずっと大切にしていた未来の情景。
……あれは、レフトくんだったんだね。
目前で、ついにレフトくんが子爵の右胸に剣を突き刺します。これにより、妖しい光が爆ぜ、元の姿に戻ったヴォルデ子爵が地面へと倒れ込みました。
目では見えないけど、しかし五感で感じたその情景に、私は頬が熱くなるのと同時に、一つの大きな決意を固めました。
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