第53話 女子組と混浴

 後方から聞こえる衣擦れの音が、幾度と無く僕の耳をくすぐる。


 その生々しい音に、あからさまに鼓動を早めながら僕は思う。


 ……一体どうしてこうなったのかと。


 ◇


 両手を引かれながら女部屋に入ってすぐに、リアトリスさんが汗もかいたし、お風呂に入りたいと言った。

 これに対しマユウさんは微笑むと、


「そう言うと思ってお湯を張っておいた」

「ありがと! マユウは入った?」

「ん、まだ。リアと一緒に入る」

「ふふっ、背中流してあげるね」


 そんな2人のやりとりを目にし、仲良しだなと思いつつ、僕は柔らかい笑みを浮かべると、


「僕は後で良いので、お先にどうぞ」


 僕の言葉に首を傾げる2人。

 まるで「何を言ってるの?」とばかりに。


 僕は少々の困惑を滲ませながら、


「ほら、流石に先に入らせて頂く訳にはいきませんので」

「ん、一緒に入れば良い」


 至極当然とばかりに平然としたマユウさんの声に、


「いやいやいや!」


 僕は勢いよく首を横に振る。

 そこへリアトリスさんが追撃するかの様に、


「折角の大きなお風呂なのに、一緒に入らなきゃ寂しいじゃん!」


 と言った後、マユウさんと視線を合わせる。


「「ねー」」

「いやいやいやいや! 僕だって一応男なんですよ!」


 いくら子供とは言え僕だって10歳の男なのだ。確かに現状同年代の平均身長よりも10cm程低く第二次性徴期もまだだが、それでも10歳、2桁に突入しているのだ。

 確かに側から見たら子供の様に見えるのかもしれないが、だからといって流石に混浴は不味いんじゃないだろうか。


 そんな思いと共に上げた僕の声に、2人は揃って可愛らしく首を傾げる。


 ……駄目だ。完全に男として認識されていない!


 ある意味では当然であるが、できればほんの少しでも良いから意識していて欲しかった。


 そう思いながら、しかしその願いは叶う事無く、眼前の2人の姿に戦々恐々とする僕。そこへ何の悪意も無く、にっこり笑顔でにじり寄る2人。


「さぁさぁ」

「ほらほら」


 このまま僕は追い込まれ──


 ……うわぁぁぁぁぁぁ。


 ──そして、今に至る。


 いや、正直今回に関しては僕が悪い。

 誘われた時に何かと理由をつけて断れば良かったのだ。それが突然の事に思考停止してしまった為に、うまく対処できなかった。


 後方から絶えず衣擦れの音が聞こえてくる。


 ……切り替えよう。


 まずはこの混浴という大イベントをどう乗り切るか。そこが重要である。


 そう思いながら、1人うんと力強く頷いた所で、


「ん。レフト、何で背を向けているの?」

「それに服も脱いでないし」


 後方から2人の声が聞こえてくる。

 と同時に耳に届く床を踏みしめる音。


 ……待って、さっきの衣擦れの音からして2人は……裸?


 この後の展開を想像し、僕の額に一筋の汗が流れる。


 ……何かこの場を逃れる良い手は!


 考えるも、頭が真っ白で名案が浮かばない。


 ……こ、こうなったら。


 僕は植物図鑑を召喚すると、すぐ様ライムを実体化する。

 僕の右手のひらにちょこんと佇むライム。


 まるで寝起きであるかの様に、ペチャリと重力に負けているライムに、僕は小声でしかし焦りを多分に含ませた声音で、


「ライム! この状況を何とかして!」


 突然の無茶振りにライムは驚いた様子であったが、状況は理解していたのか、すぐ様「まかせて!」とばかりにプルプルと震えた後、ピョンと見事な跳躍で……僕へと飛び掛かった。


 瞬間、僕の視界が緑に染まる。


 ……なる程、これなら2人の裸を見る心配はない。流石ライム! ……って!


「…………ん、んー!」


 い、息が出来ない!


 ライムが僕の視界を隠そうと顔全体を覆ってしまった為、鼻と口も完全に塞がり、全く呼吸が出来なくなってしまう。思わず尻餅をつく僕。


「……レフト!」

「レフちゃ……ッ!」


 慌てて2人が寄り、ライムを急いで、しかし優しく剥がしてくれる。


 荒く呼吸を吐く僕。


「大丈夫、レフト」

「はい、大丈──あ……」


 心配そうなマユウさんの声に、僕は返事を返しつつ、無意識の内に目を開け──


「あ、あれ……」


 僕の視界にはタオルを巻いたリアトリスさんとマユウさんの姿が映った。


 よ、良かった……。


 と安堵の息を吐くも、しかし2人の姿勢は前屈みな上に膝立ちであり、それでもかなり危うい格好である。


「本当に大丈夫、レフちゃん」


 僕の様子をおかしく思ったのか、リアトリスさんが心配そうに覗き込む。その腕の中でライムはしゅんとした様子である。


 僕は直視しないよう微妙に視線を逸らしつつ、


「はい。すみません、大丈夫です」


 僕の声に2人は安心したのか息を吐いた。


 と、ここで。マユウさんが「くしゅん」と小さくくしゃみをする。


「風邪ひいたら困りますし、先に入っていて下さい」

「ん。そうする」

「レフちゃんも早くおいでね〜」

「はい」


 絶えず視線を逸らしつつ、僕は2人を見送る。

 因みにライムはリアトリスさんに抱えられたままお風呂へ連れて行かれた。


 以前、ライムの要望を受け、実家で一緒にお風呂に入った事がある。

 恐らく気持ちいいとかは無いと思うが、まぁ何でも一緒にやりたい年頃なのだろうか。──スライムに年齢があるのならばの話であるが。

 まぁ、そんな訳でライムはお風呂に入っても何ら問題無い。


 ……それよりも今はとにかく。


「よし」


 僕は1人力強くうんと頷く。


 最早逃げられなどしない。


 このままばっくれようとも考えたが、脳裏に2人の悲しむ顔が浮かんでしまいそれはできない。


 ……ならば腹を括るしかない。


 僕は服を脱ぐ。次いでそれを丁寧に畳んだ後、腰に布を巻いた。


 直立し、拳をグッと握る。臆する足を鼓舞し、一歩を踏み出す。


 こうして僕はお風呂場せんじょうへと向かった。

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