第54話 女子組と混浴(後編)
ズンズンと強気な姿勢でお風呂場の前へとやってきた僕は、しかし今までの姿勢はどこへやら、一瞬躊躇を見せた後、恐る恐る扉を開ける。
「お、お邪魔します……」
瞬間、目に飛び込んでくる広い浴室とその一角に位置する大きな浴槽。
ありがたい事にと言うべきか、湯気により視界に制限がかかっている。
その為はっきりとは見えないが、現在リアトリスさんとマユウさんの2人は浴槽の中に居る様である。
「レフちゃんおいでおいでー」
「レフト早く早く」
2人の急かす声に従い、僕は身体を湯で流した後、浴槽へと足をゆっくりとつけ温度を確認。
少し熱いが許容範囲の温度である事が判明した為、そのまま湯へと両足を入れる。
そして湯の中を進みリアトリスさんがポンポンと手で示す場所、2人の間に腰掛け、ゆっくりと目を瞑る。
「……ふぅ」
小さく息を吐く。お風呂の熱が、じわりじわりと僕の身体に染み渡っていく。今日の疲れという疲れが湯に溶ける様なそんな感覚を覚える。
少しだけ目を開ければ、お湯の上にぷかぷかと浮いたライムが、呑気に僕の前を横切る様が目に入る。
ライムから伝わってくる感情はかなり楽しげであり、それがまた僕の心の疲れを解きほぐす。
……極楽だなぁ。
少々年寄りじみた事を思いながら、僕達はしばらく無言でお風呂の気持ち良さを味わう。
そして数分経った所で、リアトリスさんが上方へと視線を向けながら、呟く様に声を上げる。
「……今日は楽しかったなぁ」
視線を僕の方へとスライドさせた後、ニコリと微笑み、
「ほんとありがとね、レフちゃん」
「僕も楽しかったです。また行きたいですね」
「ふふっ、だねー」
そんな楽しげな僕達の様子を見ていたマユウさんが、ぷくりと頬を膨らませる。
「むー……リアばかりズルい。レフト、今度私ともお出かけしよう」
「はい! 是非!」
と、その後も時折会話を混ぜながら、みんな仲良くお湯に浸かっていると、ここで、
「……ふぅ……あっつい」
リアトリスさんが顔を手で仰ぎながらそう声を上げる。
その姿に、マユウさんは首を傾げる。
「リア身体洗う?」
「うん、そうする。レフちゃんまだ熱くない?」
「はい、まだ大丈夫です」
「じゃあ先に洗っちゃうね」
言ってリアトリスさんとマユウさんが立ち上がる。
「マユウ?」
「偶には洗ってあげる」
「ふふっ、ありがと」
言って2人は洗い場へと移動する。
その際、マユウさんが僕の前を横切ったのだが──
……うん、これは見ない方が良いな。
ピッタリと肢体に張り付く布。 厚手の布である為、肌の色は見えないが、しかしそれでも身体のラインがはっきりと想像できてしまい、あまりにも目の毒である。
僕は2人の姿を見ない様に目を瞑る。
そうする事によって、2人の様子が音を通して鮮明に伝わってくる。
まず耳に入ったのは、リアトリスさんが椅子に腰掛ける音である。そして、
「リア、スポンジ」
「ん」
言葉の後、しゅるりと布を外す音が耳に届く。
「じゃあ、お願いします」
「ん、まかせて」
次いでマユウさんがリアトリスさんの背をゴシゴシと擦る音が聞こえてくる。
「痛くない?」
「うん、大丈夫だよ」
「ん」
そのまま暫くの間、ゴシゴシという音が届いていたのだが、ここで突然、
「……ひゃっ! ちょ、ちょっとマユウ!」
「…………ッ!?」
リアトリスさんの驚嘆の声が僕の耳に届いた。
……え、何が起きた!?
目を瞑っている為、いまいち状況が把握できない。
「……むー、これが2年の重み?」
「ちょ、や、やめ……」
「でも、正直私に2年でこれがつくとは思えない。……羨ましい」
「マ、マユウー!」
……マユウさん!?
一体何をしているのか。
いや、会話だけで何となく想像はつくが。
……それにしても、いや本当にマユウさんは唐突に何をしているの?
その後、ぶつぶつと呟くマユウさんの声と、リアトリスさんの嬌声ともとれる声が少しの間続く。ここで、
「も、もう私は大丈夫だから! つ、次はマユウの番ね!」
「……ん、わかった」
ドキドキと鼓動を早める僕などお構いなしに、2人は攻守交代をする。
次はリアトリスさんがマユウさんを洗う番の様である。が、どうも洗うだけで済むとは思えず、そんな僕の考えの通りに、
「……えい!」
「……っ! さ、早速?」
何やら思い切った様子のリアトリスさんの声と、驚くマユウさんの声が聞こえてくる。
恐らく、現在リアトリスさんの両手は、マユウさんの上半身に存在する双丘にあてがわれている事だろう。
「あれ! マユウ、少し大きくなった?」
「…………ッ!? ほ、本当!?」
「えぇ、前よりもボリュームが増えた様な気がする」
「……ふふふ、これが成長期。リア並みも時間の問題?」
……成長期。
……リアトリスさん並みも時間の問題。
目を閉じているばかりに、2人の会話が鮮明に脳内を駆け巡る。
鼓動が早まり、顔が熱くなってくる。
その後再びゴシゴシという音、水の流れる音が聞こえ──
「はい、おしまい!」
「ん、ありがとリア」
「マユウもありがと〜」
一拍空け、
「レフちゃん、ごめんねお待たせ」
「いえ、大丈夫です」
恐る恐る薄目を開けて2人の方へと視線を向けると、布を巻いた2人の姿が。
……少々目に毒だが、お湯に浸かっていない現在の状態ならばまだ安心である。
僕が一安心と小さく息を吐くと、ここでマユウさんが何やら弟を見る様な慈しみの籠った微笑みのまま口を開く。
「次はレフトの番。私が洗ってあげる」
「い、いえ僕は自分でできますから」
「でも貴族は洗ってもらうって聞いた事がある」
「確かに一部そういう方もいらっしゃいますが、僕はいつも自分で洗ってますよ」
「むー、頑な」
むむむという顔をしたマユウさんの姿に、リアトリスさんはニコリと微笑む。そして布の結び目が緩かったのか、きつく締め直す様弄りながら、
「ふふっ、相変わらずマユウはお姉ちゃんでありたいのね」
「ん。ありたいというよりも、実際に私はレフトのお姉ちゃん。そしてお姉ちゃんは弟の背中を流してあげるものと相場が決まっている」
「そう……かしら?」
「ん、そう」
姉を譲らないマユウさんに、リアトリスさんが「何がマユウをこんなに突き動かすのかしら」と少々の呆れを見せた所で、
「よしっと」
キュッと布を結び、うんと頷く。
……しかし、布が解けやすい素材である事、結びが緩かった事から、すぐ様ヒュルヒュルと解け──
「「「…………あ」」」
薄く湯気のかかる中、僕の視界にその存在を力強く主張する豊かな双丘が映る。
ここで遂に僕のキャパシティが限界を迎え、
「……うぅ」
僕は意識を失った。
「レフト!」
「レフちゃん!」
──その後の事はあまり覚えていない。
しかし朧げな意識の中で、2人に身体を拭いてもらった事、そして僕のどこかしらを見つめてか、
「……は、初めてみた」
「何か凄い」
という声を発していた事だけが微かに記憶に残っている。
その記憶を思い起こしながら僕は思う。
なる程、これが俗に言う、
──もう、お婿に行けません。
……かと。
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