第57話 レベル10と襲撃

 留守番をしてくれるというグラジオラスさん1人を残し、僕達は野営地から離れる様に移動する。10分程歩いた所で、野営地よりも多少魔物が出没しやすい地点へと到着。


 と同時に、暗くなる前に全てを完了すべく、僕は早速涎草を実体化する事にした。


「何本にするの?」

「とりあえず5本で行きます!」


 先程の検証の通りであり、かつ数と有効範囲に制限が無ければ、恐らく今回の範囲は50mとなる筈である。


 ……さて、どうなるかな。


 心の中で思いつつ、僕は右掌を地面に触れさせ、続け様に5本を実体化する。

 完了とほぼ同時に、マユウさんが目を瞑り、


「ん、50mになってる」

「どこまで行けんだろうな」


 確かに気になる。別段制限も無く延々といけるのか。

 もう少し魔力が多くなり、また僕の戦闘力が上がった時に限界があるのか試してみても良いかもしれない。


「さて……」


 ひとまず後は待つだけである。


 とは言え、その場に残っては、涎草の効果を確認する上で邪魔でしか無い為、僕達は慎重にしかし迅速にその場を離れる。

 そして涎草の地点を目視でき、かつ影響を与えにくい木陰に隠れ見張る事数分、ここでマユウさんがピクリと反応を示した後、一点を指差し、


「ん、あそこ」

「あれは──」


 マユウさんの指差す先へと視線を向けると、そこには二足歩行をする豚に似た魔物の姿があった。

 ──ファンタジー作品では幾度となく登場するメジャーな魔物、オークである。


 この世界におけるオークのランクはD。中堅冒険者が1対1で討伐できる程度であり、故に現状の僕では恐らく太刀打ちできない存在である。


 オークは別段これといった目的も無いのだろうか、こちらへと気づいた様子は無く、ノコノコと歩いてくる。

 そして遂に涎草まで50mまで迫った所で、突然キョロキョロと周囲を見回した後、涎草の方へと一直線に向かいだした。


「きちんと50mで効果あったね」

「はい、それもランクDのオーク相手に」


 涎草へと近づいたオークはその後、涎草の粘液をペチャリと踏む。しかし、歩き辛そうにはしていたが、どうやら足止めは叶わない様である。


 ……涎草の粘液にオークを足止めする程の粘力は無いと。


 新たな事実に1人納得した所で、リアトリスさんが視線をこちらへと向ける。


 もう倒しても良いか……そういった所か。


 僕はリアトリスさんの方を向きながらうんと頷く。


 そしてバッとオークの方へと視線を向けた瞬間、オークはリアトリスさんの方から飛んだ何かに貫かれ、同時に光となって霧散した。


 ……相変わらず異次元だなぁ。


 未だ目で追えない事を少しだけ悔しく思うのと同時に、僕は未だ縮まらない明確な差を実感するのであった。


 ◇


 その後も様々な魔物が涎草に引き寄せられては、その度に火竜の一撃の皆さんが片手間に討伐していった。


 そんなこんなで検証を続ける事およそ30分。続いて引き寄せられてきたのは、ランクEであり、ゴブリンの様な体躯と犬を凶悪にした様な頭を持つ魔物──コボルトが1体であった。


 僕はその姿に少しだけ頭を悩ませた後、皆さんの方へと視線を向ける。


「次は僕が行っても良いですか?」


 僕の言葉に、マユウさんは少し不安げな様子で、


「ランクEだよ、大丈夫?」

「……ランクEとの対戦は初めてなので、正直なんとも言えません。だから、もし危険な様なら、その時はよろしくお願いします」

「任せて!」


 言ってリアトリスさんはフンスと息を吐く。


 そのリアトリスさんの姿に安心感を覚えつつ、僕は意を決してギュッと地を蹴った。


 ◇


 結果的に、火竜の一撃の皆さんの力を借りる事無く討伐が完了した。

 というのも、涎草の粘液により、コボルトの動きがだいぶ阻害されていたのである。


 ……これは今後も使えるな。


 戦闘に慣れるという意味では寧ろ逆効果であるが、レベルアップのみを考えるのであれば、非常に効力を発揮する事が判明した。


 と、そんなこんなで涎草の効力を十分確認できた為、涎草を収納し、僕達は野営地へと戻った。


 野営地へと到着してすぐ、再び僕が料理を作り皆さんへと振る舞った。

 そしてその後のんびりと過ごし、最後は何故か女子のテントに引きずり込まれ、リアトリスさんマユウさんの2人と川の字で就寝した。


 翌日。この日も別段何も無く、大半を馬車の上で過ごし1日が終わった。

 そしていよいよ到着が近づいた──3日目。


 道すがら、ランクE以下の魔物と遭遇した際には僕が討伐したりしながら過ごしていると、ここで、


「お、レベル10になりました!」


 僕はステータスを確認した後、思わず声を上げた。

 ちまちまと討伐をしていたのが功を奏したのか、遂にレベルが2桁に乗ったのだ。


 因みにステータスはこうである。


 ==============================


 レフト・アルストリア 10歳 


 Lv 10

 体力 150/150

 魔力 1168/1200


【ギフト】

 ・植物図鑑Ⅰ


 =============================


 相変わらず伸びがどうなのかはわからないが、それでも体力魔力共にレベル1の時の10倍になった。

 ここまでくると、身体能力的にも明確に成長を実感できる為、かなり喜びが大きい。


 そんな普段よりもテンションが少し高い僕に、リアトリスさんが満面の笑みで、


「おめでとうレフちゃん!」

「おめでとう、レフト」

「ありがとうございます!」

「ガハハ! めでたいな!」

「あぁ、だな。……にしてもレベル10か。通常ならランクE相当だな。レフトのステータスがわからねぇから何とも言えねぇけど」


 ヘリオさんの言葉に、僕は首を傾げながら、


「ステータス、お見せしましょうか」

「それはやめとけ。ステータスってのは可能な限り秘匿するもんだ」


 付け足す様に、リアトリスさんが柔らかい笑みで、


「例え、親しい仲でもね」

「そう……なんですね。はい、わかりました」

「……んま、どちらにせよ、そろそろ冒険者ランクを上げとくのは良いかもな」


 ヘリオさんの言葉に、ヘリオさんと出会ったあの日以来、依頼をひとつも受けていない事を思い出す。


「レフトならランクEでも余裕だろう!」

「ん、余裕」


 相変わらず豪快に笑うグラジオラスさんと、何故か自慢げに胸を張るマユウさん。

 そこへリアトリスさんが慌てた様子で、


「ちょっとちょっと、レフちゃんはまだ冒険者として活動するかはわからないのよ?」

「どんな事情があれ、上げとく分には問題は無いだろ? な、レフト」

「はい、そうですね。帰ったら久しぶりに依頼を受けてみようと思います」

「はは、それが良い」


 僕の言葉にヘリオさんはニッと笑う。

 そしてこちらへと向いていた視線を、ごく自然に前方へと戻した──その瞬間であった。


「……ッ! グラジオラス!」


 ヘリオさんが何かに気づいたのか、慌て声を上げる。

 その声とほぼ同時に、グラジオラスさんは僕達の前に躍り出ると、


「剛体──ッ!」


 という言葉の後、凄まじい速度で飛来してきた何かを全身で受け止めた。


「ぬぅぅぅぅ………ッ!」


 ズズズと地を擦り、後退しながらも何とか止める。


 息を吐くグラジオラスさん。


 その腕の中にあったのは、全長3m程にもなる巨大な棍棒であった。


 僕とマユウさんの前に、ヘリオさんとリアトリスさんが立つ。


 そんな2人の間から、棍棒が飛んできた方へと思わず視線を向けると、そこには──化け物がいた。


 ヘリオさんが渇いた笑い声と共に声を上げる。


「おいおい、一体どっから現れやがった」


 6mを超える身長に、赤黒い肌。口元には天に向けて伸びる2本の鋭い牙を覗かせ、頭部からはこれまた凶悪な角が4本伸びている。


 目にした者を恐怖に陥れる様な、凶悪な容貌を持つソイツを──僕は知っている。


 数多の魔物の中で、数少ないランクAを冠する存在。その名は──


「オーガキング……!?」


 驚愕する僕の声に、眉根を寄せたマユウさんが続く。


「おかしい。さっきまでは確実に居なかった」

「えぇ、この距離になるまで誰も気が付かないなんて、そんなの流石にあり得ないわ」


 ここで突如グラジオラスさんの腕の中にあった棍棒が消えたかと思うと、オーガキングの右手に現れる。

 オーガキングはその醜悪な相貌を歪め、ニヤリと笑う。


「ん、スキル持ち」

「……やっかいね」


 2人が警戒を見せる中、ヘリオさんが目を細めながら独り言の様に声を上げる。


「この近辺にオーガキングねぇ。……それに、まるで狙い澄ましたかの様に俺らを──ははっ、随分と奇妙な襲撃だな」


 言葉の後、少しだけ考える仕草を見せた後、再度口を開く。


「お前ら、レフトを連れて早々に街に帰れ。……何か嫌な予感がする」

「……っ! ヘリオさんは!」


 思わず声を上げる僕に、ヘリオさんは視線をオーガキングの方へと向けたまま、顎をクイっとしゃくり、


「俺はこいつを倒してから行く。だから先に行ってろ」

「い、いや! いくらヘリオさんでも、単独でランクAと戦うなんて!」


 ランクAの魔物はランクAの冒険者パーティー1組で互角に戦えるかどうかというレベルの正真正銘の化け物である。

 例えヘリオさんがランクA冒険者並みの戦闘力を有していても、単独ではまず敵うはずがない。


 そんな思いと声を上げた僕の言葉に、リアトリスさんは真剣な面持ちのまま、


「……行きましょう」

「リアトリスさん!」


 声を上げる僕の頭に、マユウさんがポンと手を当てる。


「大丈夫。ヘリオは万に一つも負ける事は無い」

「私達のリーダーを舐めちゃだめよ」


 言ってリアトリスさんはニコリと微笑んだ後、視線をヘリオさんの方へと向け、


「さっさと倒して、合流しなさいよ」

「おう! 任せとけ!」

「行きましょ」


 言葉の後、後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、僕は馬車へと近づく。

 御者席には既にグラジオラスさんの姿があった。まるで、ヘリオさんならば万に一つも負ける事は無いと、そう確信しているかの様に。


 僕達は馬車へと乗り込む。と同時に、


「行くぞ!」


 とグラジオラスさんが声を上げ、馬車が動き出した。


 僕は客車の布を退け、後方へと視線を向ける。

 そこには相変わらずニヤニヤとした気味の悪いオーガキングと、それに対峙するヘリオさんの姿があった。


 ……ヘリオさんなら、大丈夫。


 僕は自分に言い聞かせる様に心の中で思った後、


「どうかご無事で……!」


 と小さく声を上げ、客車の布から手を離す。それによりふわりと客車の布が降りていくその一瞬、僕の視界に映るヘリオさんの周囲にチラリと炎が上がった様なそんな気がした。

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