第69話 火竜の一撃《グリィレイズ・ボルケイノ》
──ただの遠距離タイプならわかりやすいんだけどな。
光の灯らない眼をこちらへ向ける男へと油断無く視線を送りながら、俺は心の中で考える。
レフト達を屠るべく放った黒い靄。
闇属性に近いあの靄は、恐らく魔術の様なものであろう。
人族の場合、基本的に遠近両方に対応できる存在は希少である。ギフトの影響は強く、故にどちらかに偏るのが当たり前なのだ。
仮に男がその基準に当てはまり、ただの遠距離タイプならば戦い方がはっきりとするのだが、残念ながら男は人族ではなく、その能力もわからない。故に人族の、ギフトの常識が通用するとは限らない。
──とは言え、靄のあの威力だ。俺の勘も含めれば、恐らくは遠距離タイプだろう。
俺はひとまずは遠距離タイプと仮定。
近距離ならば自分を巻き込む様な広域魔術は使わないと考え、相手の選択肢を減らす事ができ、かつ自身の得意な間合いでもある近距離が現状の最善と断定した。
そしてすぐ様地を蹴ると、魔族の男へと超速で接近。そのスピードのままに、男の顔目掛けて竜鱗に包まれた腕を振るう。
瞬間、まるで摩擦で発火するかの様に俺の腕が燃え上がる。
触れずとも消し炭になりそうな程に灼熱の竜腕が男へと迫る。
しかし男は相変わらず「魔王様ァ」と呟きながら虚空を見つめている。
距離が近づいていく。そして遂に男の肌を炎がチリと焼き──瞬間男の姿が消えた。
「──なっグッ……ッ!?」
突如自身の上方に現れる男。
第六感でそれを察知した俺は、驚きと共に咄嗟に腕をクロスさせる。
そこへ強烈な魔術がぶつけられる。
圧倒的なまでの質量感。その威力に押される様に地へと吸い込まれる俺。
そして遂に地面へと衝突しそうになるその寸前で、翼を制御し何とか魔術の軌道から逃れる。
しかしそれでも威力を殺しきれず、俺は一度二度と地を転がった後、ズズズと後退しながらも何とか両足で踏みとどまった。
たったの一撃ながら、身体の一部から血が流れ、両腕の一部竜鱗にヒビが入る。
が、だからといってそれを気にする余裕は無く、俺は油断無く上空へと視線を向ける。
そこには暢気に上空に揺蕩う男の姿があり、ニヤリと口角を上げている。
その姿を注視しつつ、俺は眉根を寄せる。
──どういう事だ?
どうやら、遠距離も近接も両方こなせる様だ。しかもスピードに至っては俺を遥かに上回っている。
そこまでならば、何らおかしな事はない。
相手はあの魔族なのだ。
魔族は数が少ない代わりに個々の力が強いという。聞いた通りであれば、遠近どちらもこなした所でこれといって驚きはない。
しかし俺は怪訝な表情を崩さない。
何故ならば、相手の戦闘力は俺と同程度と変わらず第六感が伝えてくるからである。
このある意味では勘とも言える第六感。これが大きく外れた事は今の今まで一度としてない。
竜化というギフトの影響か、俺の五感は人より鋭い。
例えば、人が入り乱れるギルド内で、レフトと受付嬢の会話が聞き取れる程度に。
そして同時に、第六感とも言うべき力がこの身に宿った。明確にこうだと説明をするのは難しいが、感覚的には勘が鋭くなった様な感じか。
とにかくその第六感と、長年の戦闘経験により、俺は相手の力量をおおよそ掴む事ができる。
今回の魔族と俺の力量は会話の中であった様に同程度の筈だ。
しかし先程の攻撃を受け、相手のスピード、そして魔術による瞬発的な攻撃力は俺を遥かに上回っている様に感じた。
何度も言うが、この第六感が外れた事は今の今まで一度として無く、故に俺は竜の力の一端とも言えるこの力に多大な信頼を寄せている。
だからこそ、先程の一連の動きと、力量の明確な差異が妙に引っかかるのだ。
──何かカラクリがあんのか?
思いながら魔族の男に視線を固定する。
男は相変わらず余裕綽々といった笑みを浮かべながら、
「ほう。明らかに動きが追いついていない様に見えたが、よく防いだな。マグレか?」
「はっ。マグレかどうか試してみるか?」
言いつつもカラクリが何かわからない。その上どうやら相手は遠近どちらも対応できる様だ。ならば、得意な間合いで何とか探るしかないだろう。
俺は獰猛な笑みを男へと向けた後、再び接近する。
「フッ。芸のない男だ」
言葉の後、男のリングが妖しく光り、同時に男の瞳から光が消える。
俺は構わず竜腕を振るう。
男は俺を上回る速度でそれを避け、俺の背後をとると、再び魔術を放つ。
俺は目で追えずとも第六感でそれを感知すると、すぐ様背に向け炎を放ち、威力の相殺を図る。
それでも完全には殺しきれなかったのか、力負けした俺はそのまま吹き飛ばされる。が、すぐ様翼を操ると、体勢を整えた。
「ふん、どうやらマグレではない様だな」
言って上空から見下す様に視線を向ける魔族の男。
その表情には余裕が透けて見える。
まるで俺に負ける事など万に一つも無いと言いたげに。
……先程の話し振りからわかる様に、恐らく今まで人族と相対して苦戦した事が無いのだろう。だからこそ人族という種族そのものを見下し、こうして強気な態度でいる。
──しかし、そうした慢心は時として大きな隙となる。
俺は三度男へと突撃した。
指輪が妖しく光り、男は避ける。
そして俺の後方から攻撃を仕掛けようとし、少し工夫を見せ、上から魔術をぶつけようとする。
直感でそれを悟った俺は、すぐ様これを避けると、男に向かって火球を放つ。しかしそれは男には直撃せず、男の脇を擦り抜け霧散する。
「……チッ」
俺はすぐ様男との距離を空ける。
男は火球が迫った事に少し驚いた様な表情になった後、こちらを馬鹿にする様な軽い笑みを浮かべる。
俺は男を睨んだ後……その表情を崩すと、男を真似る様にニヤリと笑う。
「油断するなよな」
瞬間、男の背後で急速に魔力が高まり、
「……ッ!?」
ドンッという音と共に男の周囲で爆発が起こる。
「──当たったか」
先程の火球は高密度の魔力の塊である。
これを攻撃と見せかけて放ち、男の後方で霧散させる。
これにより男の周辺に火の属性が宿った俺の魔力が漂う事になる。
後は十分に充満した所でその魔力に引火させれば、この様に不意をついて攻撃を仕掛ける事ができるという訳だ。
ただし、これには充満した魔力を感知されない事が必要不可欠である。
しかしこれについては、先程までの会話の中で、男がこちらの魔力を把握できていない様が見受けられた為、今回効果があると踏んだのだ。
男は避ける事が叶わなかったのだろう。
モロに攻撃を受けた様で、その身体には無数の傷が見受けられる。
「どうした? お前のスピードなら避けれた筈だぜ?」
こちらへと鋭い視線を向ける男。
俺はわかりやすくニヤリと口角を上げると、
「いや、無理か。今のお前じゃな」
「……ッ!」
男が小さく目を見開く。
……随分とわかりやすい反応だな。
演技という事は無いだろう。
恐らくだが10年前蘇ってから今まで、自身と同程度の人族と戦った事が無いのではないか。
人族と相対する際は、その圧倒的な力でもって蹂躙する。そこにブラフは必要ない。
故に駆け引きの経験が少なく、色々とわかりやすいし引っかかる。
俺もどちらかと言えば力でゴリ押すタイプであり、行動が読みやすい方であろう。
そんな俺の攻撃や言動ですらこの反応ならば、まず間違いないはずだ。
同時に、詳細はわからないが、男の戦闘のカラクリが何となくわかった。
どうやら男は身体能力の向上と高威力の魔術もしくは魔術自体を同時には使えない。恐らくリングが妖しく光るタイミングで何かしらが切り替わり、それらを使い分けているのだろう。
思えば、指輪が光るのと同時に男の雰囲気も変わっていた様に思う。まるで人格が入れ替わったかの様に。
……二重人格の様なものか? まぁ、それにしちゃ変化が少なすぎるけどな。
兎にも角にも、身体能力魔術共に俺を圧倒していながら、自身と同程度の力量と感じた理由がよくわかった。
とは言えこれは未だ仮説に過ぎない。
ならばこれを確実にする為に、ひとまず検証開始だ。
一体何度目か、俺は再び男へと突撃する。
男は指輪が光った後、十分に余裕を持って躱す。そして俺の背後を取り、攻撃を仕掛けようとする。
その間、指輪が光る事は無かった。
──となると、近接か?
仮説の中で、近接タイプに切り替わった際、魔術が使えないと確定した訳ではない。
しかし魔術という選択肢を残した状態で行動を起こしても、ジリ貧が続くだけだ。
ならば自身の勘を信じ、近接と断定した方が良いだろう。
こうして俺は魔術による追撃は無いと踏み、攻撃をあえて腕で受け止める。
鋭い衝撃が俺の腕を襲う。
恐らくまた何枚か竜鱗が割れた筈だ。しかし、吹き飛ばされる事は無く、何とか耐える事に成功した。
「……ッ!」
俺の視界には踵落としの要領で足を振り下ろした状態の男の姿が映る。
──この様子ならば、魔術による追撃は無い。
思いつつ、俺は右手で男の足を掴み、グッと引き寄せる。と同時に、左手に生み出した火球を近距離で直接ぶつけた。
男はすぐ様身体を捻り直撃を避けるも、完全には避けられなかったのか、腹の一部を焼かれながら、吹き飛ばされる。
しかし威力が足りなかったのだろう、地へと叩きつける事は無く、すぐ様体勢を整えた。
男の虚ろな視線がこちらへと向く。
が、それも数瞬の事。すぐ様指輪が光ると、その表情が変わった。
そこには最早以前の様な楽天的な様子は無く、向ける視線は非常に険しい。
──やはり遠近を切り替えてやがる。
一連の流れ、そして表情の変化等から、俺の中で仮説が半ば確信に変わる。
男は個々の能力では上回りながらも一向に倒せなかった事、また自身の秘密を知られてしまった事から内心焦りを感じているのか。
男の表情を目にしながら、どうやら顔にも出易い様だと、俺は相手の同格との対人経験の少なさを改めて実感する。
と。ここで焦りからか、男が今までとは違い接近を図る。
その途中で指輪が光り、数瞬の後急加速。次いで俺の背後を取ると、再度指輪が光るのと同時に、魔術により作成したのか、剣状の黒い靄を振り下ろす。
恐らく自身が劣勢だと気づき、俺の翼を壊し、自身に有利な状況を作り出そうとしたのだろう。しかし、残念ながらそれは悪手だ。
「──部分竜化、解除」
男の剣が触れる寸前、俺は翼の竜化を解除する。
「……なッ!」
空を切る剣。崩れる体勢。
そこへ後ろ蹴りの要領で竜脚をぶつける。
吹き飛ぶ男。そこへ追撃の火球を数発。
男はそれを何とか回避し、地面に降り立つ。
こちらに視線を向けたまま、肩で息をする男。俺はその姿を目に収めながら眉を顰める。
……何故近距離タイプのままでいない?
確かに威力や範囲としては魔術の方が良いだろうし、遠距離タイプで攻撃をしかけるのは何ら不思議ではない。
しかし例えば今の様に少し追い詰められた時は、回避能力の高い近距離タイプでいるべきな様に思う。
……ここまでを思い返し、一つの可能性に至る。
近距離タイプはあのイビルリングというものを身につけてから使える様になった。
つまり、近距離タイプは主人格では無く、それでいる為には、何らかの制限がある…
…?
例えば、魔力を消費するのであれば、頻繁に切り替えるのにも納得できる。
ならば──
俺はトップスピードで男へと接近する。
そして、指輪を光らせ、近接へと切り替えようとする男へと、
「魔力残量は大丈夫か?」
「……ッ!」
ピクリと反応を示し、数瞬動きが止まる。
これは好機と、俺はすかさず竜腕を力強く振るう。
男はギリギリ躱すも、体勢が少し崩れる。
「部分竜化」
そこで俺は竜化で尻尾を顕現させると、腕を振った勢いのままに男へとぶつけた。
振るった尻尾は体勢を崩した顔面に直撃し、その勢いのままに男は吹き飛ばされる。
俺はすぐ様尻尾の竜化を解除すると、追撃の炎を放ちつつ、部分竜化で翼を顕現させた。
「……グッ」
一度二度三度と地面を転がった所で勢いは止まり、男は起き上がる。
そして、ぼろぼろの状態のまま、俺の方へと視線を向ける。
その視線には困惑の色々が浮かんでいる。
恐らく、自身が追い込まれている状況というのが理解できないのだろう。
「な、何故、何故! 一介の人族がこれ程の力を──ッ!」
「お前が言ったように、人族は神様から与えられたギフトによって、超人的な力を発揮する事ができる」
油断無く男へと視線を向けたまま、俺は男へとゆっくりと近づく。
「大半は似たり寄ったりの力に目覚めるんだが、ごく稀に特殊なギフトを得る事があってな。それをユニークギフトと言う」
歩みを止めず、言葉を続ける。
「俺の竜化はまさにそれでな。その上、この竜鱗も特別製らしくてな、どうやらとあるドラゴンが元になってる様なんだわ」
呆然とこちらへ目を向ける男に向け、はなむけとばかりに声を上げる。
「──獄炎龍リコリス」
過去存在したとされる伝説の龍の一体。
現在の枠組みでは、魔物、冒険者共にSランクが最高位となっているが、もし現存していたのならばその枠には収まりきらず、SSランクもしくはSSSランクと表記される事であろう。
「……ッ!」
男が目を見開く。
「やっぱ魔族でも知ってんのか。まぁ過去に滅びたそいつの力を借りてるのが俺のギフト、竜化じゃねぇかってのが友人の分析だ」
──お、溜まったか。
「俺はまだまだだからな。その獄炎龍ってのには到底届かねぇ。けどな、それでも一端の火竜と同等の力は得た」
言葉と同時に、俺の体内から膨大な魔力が溢れ出る。それは俺の頭上で渦を巻くと、轟々と音を立てながら白熱した球を形作り、周囲に熱を伝える。
「そんな竜種の一撃だ。
それを目にし、男は直感で避けられ無い事を悟ったのか、驚愕に目に見開きながら後ずさる。
「──ま、待てッ!」
しかし当然それに応じる事は無く、
「……じゃあな、名の知らない魔族さんよ──
言葉と同時に、球から灼熱の熱線が放たれる。まるでドラゴンのブレスの如き熱量とスピードのソレは、一瞬の内に男を包み込む。
そしてそのままチリチリと周囲を焼きながら熱線は輝き続け、遂に光が収まった時、そこに男の姿はチリ一つも残っていなかった。
◇
魔族の男が絶命した事を見届けた後、俺は息を吐く。
瞬間、全身の力が抜ける様な感覚と共に俺はふらりとよろける。
「ふぅ……おっと。──魔力切れ間近か。相変わらず馬鹿みたいに燃費の悪いギフトだな」
1人呟きながら、俺は小さく口角を上げる。
──正直、かなりギリギリだったな。
全体を通してみれば、恐らく俺の圧勝とも言える結果であった。
しかし、それは相手に慢心があり、かつ戦闘慣れしていなかったからできた事である。
もしも仮にこちらの仮説が外れていたら、もしも相手の能力がこちらの想定を遥かに上回るものだったら。
どちらであったとしても、今頃消し炭になっていたのはこっちだった筈だ。
「──課題は沢山だ。頑張らねぇとな」
言いつつ、俺の脳内にレフトの顔が浮かぶ。
「後輩の手本としても……な」
ニッと笑った後、俺は歩き出そうとし──しかし再度フラつく。
「──チッ、カッコつかねぇなこれじゃ」
どうやら想像以上に魔力を消費した様で、意識が朦朧とする。
「──あ」
そして遂に耐えきれなくなり、倒れかけた所で何かが俺の身体を支える。
その力強さ、暖かさを俺はよく知っている。
「ジオ……か」
「よくやったなヘリオ! よくやった!」
言って俺の背を叩くジオ。いつもなら力強いそれも、俺を気遣ってか酷く優しい。
「おう、流石に今回はこたえたわ」
「……全てを任せてしまい、申し訳ない。俺にもっと力があれば──」
「今回ので俺もまだまだだと知ったわ。だから一緒に強くなろうぜ。な、相棒」
俺の言葉に、ジオは苦笑する。
「一緒に強くなったら、いつまでも追いつけないじゃないか」
「ははっ。ならお前は俺より少しだけ強くなりゃ良い。そうすりゃいつか追いつくさ」
「中々難しい事を言ってくれる。……だが、やらねばな」
「期待せず待ってるわ」
「期待しとけッ!」
昔から変わらない
「……すまん。少し休むわ」
「おう、後は任せろ!」
言葉の後、ジオは俺を背負う。
その力強い背中に安心感を覚えながら、俺は身体を襲う脱力感に身を任せる様に意識を手放した。
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