第70話 帰還と憧憬
魔力が切れただけで別段問題が無いとの事だったが、一応大事を取り、僕は気を失っているリアトリスさんを、マユウさんの元に預けた。
そしてすぐ様その場を離れ、僕はウィルさんと共に街の入口へと向かう。
入口周辺に到着すると、そこには多くの人の姿があった。
様子を伺うに、どうやらその大半が街の住人で、スタンピードの制圧がほぼほぼ完了した事をどこからか聞きつけ、集まってきたようだ。
未だ完全に制圧できた訳ではない筈であり、本来は家で待機するのが良いのだろうが……気になるのも無理はないか。
とりあえずそんな街の人々を別段咎めたりはせず、ウィルさんと共にじっと門を見つめていると、少しして、ワッと歓声が上がった。
どうやら拠点の冒険者達が戻ってきたようだ。
僕とウィルさんはホッと息を吐いた後、再びその様子を窺う。
続々と冒険者が街へと戻り、その度に歓声が上がる。
それを幾らか繰り返した所で、恐らく全員が戻ってきたのだろう、門をくぐる人の影は無くなった。
……ん?
と。ここで僕は、キョロキョロと冒険者達の姿を見回す。が、目的の男性の姿が見当たらない。
「……あれ、カルフさんは?」
僕の言葉を受け、ウィルさんは辺りを見回し、
「いないねー。まぁでも、あの人はいつも神出鬼没だから」
「そうなんですね」
言って納得したように頷くも、しかし内心では少々残念に思う。
「……お礼、言いたかったな」
今回、僕の意見が採用されたのは、子供だから、雑草使いだからと突っぱねたりせず、話を聞こうと提案してくれたカルフさんのおかげである。
……だからお礼を言いたかったんだけどな。
落ち込む僕に、ウィルさんは変わらずのほんわか優しい笑顔を浮かべる。
「きっとまた会えるから、その時にね」
……そうだ。何も今生の別れって訳じゃ無い。うん、次会う時に改めてお礼を言おう。
「はい!」
僕は顔を上げ、ウィルさんの方へと視線を向けると、うんと大仰に頷いた。
……と。ここで──
「おい! テメェら!」
突如、高圧的な声が聞こえてくる。
思わずバッと振り向くと、そこにはこちらへと歩み寄るアブチさん、そしてその後方に付く、アブチ団のメンバー数人の姿があった。
言いようのない雰囲気からか、ウィルさんは警戒し、僕の前へと体を滑らせる。
「なーに、アブくん。何か用?」
「俺が用有るのはテメェじゃねぇ! そこの坊主だ!」
言ってキッと鋭い視線をこちらへと向ける。
……面倒事かな。
「……何ですか?」
少し警戒しながらも、平静を装いつつ口を開く僕。
その眼前で、アブチさんは腰に手を当て、横柄に見える出立ちで、
「……ハ、ハハハッ! あの量の割に、魔物共も大した事無かったな!」
「流石兄貴っす!」
「よっ! 親分!」
アブチさんの言葉の後、アブチ団のメンバーが囃し立てるように続く。
「……?」
困惑する僕達を他所に、アブチさんは再び口を開く。
「俺たちにかかりゃ、あんなやつら、怪我なくボコボコよ!」
「ハハッ! 屁でも無かったな!」
「あぁ、もうボコボコよぉ!」
突然始まる自慢のような何か。
あまりにも唐突であった為、僕は警戒を忘れ、ポカーンとしてしまう。
どうやらそれはウィルさんも同じだったようで、ウィルさんはフーッと息を吐いた後、ジト目を作り、
「……なーに、自慢〜?」
と言う。その瞬間、後方の取り巻き達が、何やら焦ったようにアブチさんへと視線を向けた。
「お、親分!」
「兄貴ィ!」
アブチさんはバツが悪そうな表情の後、改めてこちらへと向き直り、
「おい、坊主!」
と僕の名を再び呼ぶ。そして数瞬の沈黙の後、腕を組んだ高圧的な態度のまま、プイッと顔を背け、
「……確かに、苦戦せず魔物を倒せたのは殆ど俺達アブチ団の力だ! だが……まぁ、テメェも貴族のボンボンにしては役に立ったんじゃねぇか?」
「…………」
…………ん? もしかして、これって褒められた?
想定外の言葉に困惑していると、ここで別の声が聞こえてくる。
「褒めるならもっとちゃんとした方が良い」
「あ? 別に褒めた訳──」
「……マユウさん!」
こちらへとやってくるのは、先程まで重症冒険者の回復に勤しんでいたマユウさんである。
マユウさんは、かなり疲れた様子だが、それを表には出さないように努めつつ、小さく微笑むと、
「確かにアブチの言う通り。レフトのおかげで怪我人が少なかったし、私だけで何とか回復しきれた。ありがとう」
「いえ、その……」
「でも──」
言って僕の方へと寄ってくるマユウさん。
あとで説教と聞いていた為、縮こまる僕。思わずギュッと目を瞑った所で、僕の全身を、慎ましくも柔らかい感触と、心地良い温かさが包み込む。
「心配になる。だからあまり危ない事はしないで」
「……はい。ごめんなさいマユウさん」
相変わらず身長が小さく、同年代と言ってもおかしくない見た目のマユウさん。
しかし、この時の声音や包容力は──間違いなくお姉さんだった。
◇
あの後、アブチさん達はやる事があると言って離れていった。
マユウさんは、重い怪我の人全員の回復が終わり、魔力量もだいぶ減ってしまったという事で、現在は僕達と共にいる。
門周辺には変わらず多くの冒険者の姿がある。その姿を注視し、僕はうんと頷く。
……全員大きな怪我は無さそう。まぁ、重症者は早々に運ばれて、マユウさんの回復を受けていたし、それも当然か。
それでも安堵しつつ、ぼうっとその姿を眺める。
冒険者達は、相変わらず街の住人に囲まれながら、歓声を浴びている。
街の人達からすれば、彼らは未曾有の危機から街を救った英雄。こうなるのも必然か。
思いながら、尚も柔らかい表情のまま彼らへと視線を向ける。
そんな僕の姿に、流石に不思議に思ったのか、マユウさんが声を掛けてくる。
「どうしたの、レフト」
「……いえ。その、この光景、何か良いなと思いまして」
「……ん。確かに」
冒険者の皆さんの協力により、守る事ができた街の人々の笑顔。
こうしてそれを目にすると、僕もその一助になれたのかなという思いと共に、人の救いになれる冒険者という職に対し、僕は強い憧れを抱いた。
◇
その後も僕達は門の近くで待機をする。
あれからそこそこ時間が経過した筈だが、未だにヘリオさんとグラジオラスさんが帰還しない。
その強さに疑いを抱いてはいないが、やはりこうも遅いと段々と不安が増してくる。
……大丈夫かな。
と考えていると……ここで突然、ワッと一際大きな歓声が上がる。その声で僕は確信した。
「……ヘリオさん! グラジオラスさん!」
顔を上げ、門へと目を向けると、そこには並び歩くヘリオさんとグラジオラスさんの姿があった。
その身体には所々小さな傷があるように見える。
しかし怪我自体大した事はないのか、その足取りは非常に軽やかである。
僕はすぐ様2人の元へ行こうと考えるが、冒険者や住人の壁により、容易に近づけない。
と、ここで。そんな僕の様子を知ってか知らずか、2人が人混みをかき分けながらこちらへとやってくる。
「よっ!」
なんて事ないとばかりに軽い調子で声を上げるヘリオさん。
マユウさんは心配した様子で、
「お疲れ様……大丈夫?」
「おう。魔力が少ねぇ位だな。身体はピンピンしてるぜ」
「その割には傷が多い」
「ガハハ! 強がっているんだ! あまり詮索してやんな!」
「おい、レフトの前なんだ。少しはカッコつけさせろ!」
ヘリオさんの言葉に、マユウさんは思わず嘆息すると、彼に近づき回復を行う。
「お、サンキューマユウ」
「ん」
「……ヘリオさん!」
「おう、レフト。聞いたぜ、大活躍だったんだってな」
「いえ、そんな! 僕は少しお手伝いしただけです!」
「100体以上魔物を倒して〜、冒険者達が戦いやすい環境を整える。……これのどこが少し〜?」
ウィルさんが口にした、「100体魔物を倒した」という言葉に、マユウさんはジト目を作り、ヘリオさんとグラジオラスさんは興味深げな表情を浮かべる。
「えっと……ははは」
僕は思わず苦笑いをする。
「何やら気になる話もあるが……まぁ、それは今度聞く事にして、とりあえず細けぇ事を終わらせねぇとな」
そう。いくら戦闘が終わったとはいえ、それで全てが完了という訳ではない。
今後は事後処理として、軽症者の手当、被害の想定、他に脅威はないか近辺の調査など、冒険者ギルドと共に早々に解決しておくべき事柄が幾つかあるのだ。
……いや、流石にヘリオさんは休んだ方がいいんじゃ──
同様の事を思ったのか、マユウさんが口を開く。
「……ヘリオは休むべき」
「そうだぞ! ダメージも多く、魔力も空! すぐ様休むべきだ!」
2人の言葉に、ウィルさんが大仰に頷く。
そしてそれに続くように、「あとは任せておけ」と周囲の冒険者達が気さくに声を上げた。
流石にこうも多くの人に言われては納得せざるを得なかったのか、ヘリオさんは頭を掻くと、
「……あー、わかったよ。けど、その前にレフトの家に行かせてくれ」
「僕の家ですか?」
「あぁ、そろそろ帰るだろ?」
「あ、はい。……けど、ここからなら1人でも帰れますよ」
貴族街までそう距離も無いし、今ならば襲われる事もないだろう。
「……いや、安全な旅を約束した筈が、こうして危険な戦場に駆り出しちまったからな。その事を親御さんに謝らねぇと」
何とヘリオさんは謝罪の為についてくるという。僕はすぐ様、
「そんな! 提案したのは僕なんですから! 謝るのは僕だけでいいですよ!」
「いや、そうはいかねぇ。外出中、レフトの身を預かってたのは俺らだからな。いわば保護者という立場なんだ。どんな結果であれ、危険な目に合わせた以上、謝らない訳にはいかんよ」
ぽんぽんと僕の頭に手を当てるヘリオさん。
思わずキョロキョロと周囲へ視線を向けると、皆さんも同じ考えのようで、うんと頷く。
その姿に、僕は申し訳なく思った。
しかし、向こうも退くつもりは無さそうであった為、
「わかりました。よろしくお願いします」
と頭を下げた後、僕達は僕の実家、アルストリア家の屋敷へと向かった。
◇
皆さんと会話をしながら屋敷へ向かっていると、ここで遠方から何かが聞こえてくる。その声は、妙に聞き馴染みがあり──
「レーーーーフーーーちゃーーーーん!!!!」
「んわっぷ……」
瞬間、僕は目にも止まらぬ速さで近づいてきた柔らかい何かに包まれる。
──僕は、この極上の柔らかさを持つ何かを知っている。
プハッと逃れるように顔を外した後、僕は目前の女性に対し、思わずと言った様相で声を上げる。
「リアトリスさん! 大丈夫なんですか?!」
先程まで倒れていたリアトリスさん。
それ程時間が経過していない事もあり、体調が気になるが、リアトリスさんはなんて事ないとばかりに花のような笑顔を浮かべ、
「平気平気! 魔力枯渇で気絶してただけだから!」
「……それって平気なんですか?」
マユウさんに視線を向ければ、彼女は酷く曖昧に頷く。
……どうやらあまりよろしくは無いようだ。
「それよりも、みんなしてどこへ?」
「レフトのご両親のところ」
「あー、なるほど」
リアトリスさんは納得したように頷くと、一転真剣な表情を浮かべ、
「私も行くわ」
と言った。こうして、リアトリスさんも加わり、火竜の一撃のフルメンバー、ウィルさんと共に僕は実家へと歩みを進めるのであった。
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