第71話 ハッピーエンドと無邪気な絶望
あの後、僕達は皆で両親の元を訪れ、謝った。
両親はカイラから情報を得ていたのか、どうやら事情を知っていた様で、最終的には許してくれた。
しかしどうせなら詳しい話を聞きたいという事で、急遽庭のテラス席で食事会を開く事となった。
主な会話内容は、もちろん今回のスタンピード戦についてである。
一体何があったのか、どういう対処をしたのか、そして僕がどれほどまでに活躍をしたのか。
皆さんは、特に3つ目を主として説明を行っていく。
それを、お父様とお母様は、表情をコロコロと変えながら楽しげに聞き、想定外に持ち上げられた僕は、嬉しさと共に恥ずかしさを感じ、思わず顔を赤らめる。
と。そんなこんなで話が進み、ここで話題は上空での出来事へと移った。
「それでね〜、レーくんが突然試したいことがあるって言って、どどどって、あっという間に魔物を100匹以上も倒しちゃったんだ〜」
「ほう、魔物を100匹以上ですか」
「あ、それ俺も知りたかったんだよ。一体どうやって倒したんだ?」
ヘリオさんの声に、皆さんがうんうんと頷き、視線が僕に寄る。
突然こちらへと視線が向いた事に驚きつつ、
「えっと……ちょうど移動の為に、ウィルさんに抱えられて上空に居たので……」
一拍空け、
「そこから、フィルトの木を落として、その、どかーんと」
その光景を想像したのか、僕とウィルさん以外の皆が苦笑いを浮かべる。
「なるほどなぁ。確かにそれなら100匹以上討伐してもおかしくないわな」
納得した様子のヘリオさんに、楽しげなリアトリスさんが続く。
「ねぇねぇレフちゃん! そんなに倒したなら、レベルも結構上がったんじゃない?」
「はい、だいぶ上がりまして──」
念のためステータスを開いて確認をし、
「レベル18になりました!」
瞬間、皆の表情が再度驚きに染まる。
「ほぉ」
「えー!」
「早い」
「ガハハ! 流石はレフトだな!」
「あらあら、抜かされちゃったわね貴方」
からかう様に言うお母様の視線の先には、ガーンという音が聞こえてきそうな程、落ち込んだお父様の姿が。
「よく子に抜かれるのは喜ばしい事と言うが、こうも早いと悲しさが勝るな……」
言葉の後、すぐさま感慨深そうな面持ちになると、
「にしてもそうか、レベル18か。この年でそれだけのレベルがあれば、将来の選択肢が格段に広がるな」
「そうねぇ。このまま頑張れば、戦闘職に就けるかもしれないわね。もしかしたら、王宮に就職も──」
「お父様、お母様その事なんですが……」
一拍空け、
「……実は僕、なりたい職業が見つかりました」
その言葉に、両親のみならず、皆の視線が僕へと向く。
僕は緊張にごくりと喉を鳴らす。
そして数瞬の後、僕は両親の方を見つめ、はっきりとした口調で声を上げる。
「お父様、お母様……僕、冒険者になりたいです!」
「……そうか」
言ってお父様がフーッと息を吐く。
その横で、お母様は口元に手を当てて上品に笑う。
「ふふふ。そう言うと思ったわ」
「……えっ?」
僕は思わず目を見開く。
驚く僕に、お父様は落ち着いた声音で、
「実はな、先程レフトの様子を見に行っていた」
「……!?」
先程というのは、恐らく門の前で冒険者の皆さんの帰還を待っていた時の事だろう。
……そっか、あの場にお父様とお母様が。
お父様は柔らかい笑みを浮かべ、
「たくさんの冒険者に囲まれて、楽しげな表情を浮かべるレフトの姿が、とても印象的だった」
「……あぁ、レフトの事を認めてくれる人ができたんだなって、私たちは嬉しくなったわ」
「お父様……お母様……」
「……それ程までに恵まれた環境、そして何よりも、目標となる姿がこうも近くに存在すれば、レフトが冒険者を目指すと言うのも容易に想像できる」
一拍空け、
「……冒険者。出自など一切関係が無く、成果だけが求められる厳しい職だ。それでも、一度なると決めたからには全力で取り組む。……レフト、できるか?」
「はい!」
「ならば、冒険者になる事を認めよう」
「ありがとうございます!」
「その代わり、あまり無茶をし過ぎないようにな」
「はい!」
……冒険者になる事、認めてもらえた!
僕はパッと表情を明るくする。
チラと皆さんの方へ視線を向けると、誰もがまるで自分の事の様に喜んでくれている。
こうして、冒険者という夢を認められ、僕は尊敬する皆さん、大好きな両親と共に笑い合い──
「──めでたしめでたし……かなぁ?」
「…………ッ!?」
突然耳元で聞こえてくる少女の声。
思わず振り返ろうとするも、何故か身体が一切動かず、声すらも出せない。
それは、どうやら僕だけではないようで、あのヘリオさん達でさえも指先一つ動かせないでいる。
「……っ!」
その事実に驚愕をする僕の後方から、のんびりとした足音が聞こえてくる。
その音は、僕の後方から右方へと移動をし──数瞬の後、僕の眼前に姿を現した。
それは──とても可愛らしい少女であった。
桃色の髪に、未だあどけなさの残る整った相貌。年相応の成長を見せるその肢体は、露出の多い漆黒の衣服で覆われている。
そして──何よりも重要な特徴として、その額からは角が、背からは翅が生えている。
……魔族ッ!?
想定外の来客者に、思わず表情を歪める僕。
その眼前で、少女はこの場の雰囲気に似合わない楽しげな様子で歩き回る。
「いやぁ、まさかあのスタンピードの先が、こんなハッピーエンドなんてねぇ……」
唇を尖らせ、呆れた表情になると、
「いくらおバカで弱っちいバザールちゃんでも、あれだけお膳立てをすれば、流石にもう少し活躍できるかなと思ったのにぃ」
次いでぷくりと頬を膨らませ、
「それが蓋を開けてみれば……何これぇ! 用意した魔物は全滅、人族側の被害は最小限、情報はペラペラ喋る、おまけに死んじゃってやんのぉ!」
言葉の後、視線をゆっくりと僕の方へと向ける。
「……けどまぁ」
そして少女は一歩一歩こちらへと近づくと、僕の頬に手を添え、
「おかげで面白い子を見つけちゃったぁ」
「…………っ!」
恐怖で顔が引き攣る。
そんな僕の表情を見ながら、
「ふふっ」
と、少女はその可愛らしい容貌を歪め、微笑む。
「植物図鑑……かぁ。使い方によっては危険かなぁ? けど、どうやら植物使いくん自身には、非戦闘職と同じくらいの身体能力しか無いみたいだし、放置で良いかなぁ」
一拍空け、ニコリと笑みを強めると、
「──いや、魔王様に怒られるのも面倒だしぃ……やっぱ殺そうかなぁ?」
「……っ!」
目前で見せる少女の笑みは、素性を知らなければ可愛らしいと思えるものだが、今の僕からすれば、恐怖しか感じない。
……と、ここで。
「やめろ……ッ!」
ヘリオさんが気合いと共に動き出し、竜化した右腕で、少女へと攻撃を仕掛ける。
しかし、Aランクの魔物すらも屠るその攻撃を、少女は軽々と避けると、危機感の感じられない、楽しげな声音で、
「へー、よく動けるねぇ! 流石、リコリスの宿主くん! けど、ごめんねぇ。用があるのは、君じゃないんだぁ。だから……どいて?」
少女の言葉の後、ヘリオさんがそれに従う様にその場を退こうとし──しかし、グッと唇を噛み、何とか抗う。
その姿に、少女は目をキラキラと輝かせる。
「凄い凄い! これにもあらがえるんだぁ! ──ねぇねぇ、もしかしてこれって愛の力ってやつかなぁ? リリィそういうのだぁいすきなんだぁ!」
言って無邪気な笑みを浮かべる。一見して、害は無さそうな可愛らしい笑みも、やはり今の僕には恐ろしくてしょうがない。
「ふふふっ。楽しいねぇ! 楽しいねぇ! ……あ、安心して! さっきの殺すっていうのは冗談だからねぇ!」
言葉の後、まるで悪戯が成功したとばかりに肩を震わせる。
「びっくりした? びっくりしたよね! なら、ドッキリ大成功だねぇ!」
一拍空け、
「ねぇねぇ。リリィ、こんな楽しいの久しぶりなんだぁ。だからさ、リリィとおともだちになろうよ! 植物使いの……あれ?」
少女は首を傾げた後、ハッとした表情を浮かべる。
「あ、そういえばお名前聞いてなかった!」
言葉の後、少女は僕の方へと向き直ると、
「ねぇねぇ、植物使いくん。お名前は何て言うのぉ?」
……答える訳ないじゃないか。
心の中で強くそう思う。
しかし少女と視線を合わせていると、突如彼女の瞳に吸い込まれるような感覚を覚え──
「……レフト。レフト・アルストリア」
『……ッ!?』
「へー、レフトくんっていうんだぁ! 良い名前だねぇ!」
少女はコロコロと楽しげに笑った後、見る者を魅了するその瞳を、再び僕へと向け、
「ねぇ、レフトくん! リリィとおともだちになろうね!」
「はい」
……っ! 口が勝手に!
驚愕する僕。そんな僕などお構いなしとばかりに、少女はぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを全身で表現する。
「やったぁ! おともだちができたぁ! ふふふっ。うれしいなぁ!」
──と。ここで、突如少女がムスッとした表情を浮かべる。
「むー、呼び出し……」
言葉の後、心の底から申し訳なさげに眉を落とす。
「ごめんねぇ、レフトくん。せっかくおともだちになれたのに、一緒に遊べなくなっちゃったぁ……」
すぐに取り繕う様に、両手をパタパタと振り、
「でもね、でもね、きっとまたすぐに会えると思うの。だって、もうおともだちだもんね! だから今日は我慢して、また今度遊ぼうねぇ……それじゃ──あ、そういえば、お名前言ってなかったね!」
言葉の後、少女は愛くるしい表情を浮かべると、
「リリィはね、リリィ・レプリィレントって言うの! あのね、リリィ、レフトくんのこと気に入っちゃった! だからまた会おうね……植物使いのレフトくん!」
そう言い、僕の頬へとキスをした。
その後、一歩二歩と後退り、後ろ手を組んだまま恥ずかしげな表情を浮かべた後、瞬く間にその姿を消す。
──僕達は、それを呆然と見る事しかできなかった。
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