第68話 魔族

 向かい合う様にして不気味な男が空に漂う。男はキョロキョロと周囲を見回した後、俺の方へと視線を向けるとギッと睨んでくる。


「……ッ! 転移か。余計な真似を──」


 言葉の後、目前に殲滅対象である街や多数の冒険者の姿が無くなったからか、フーッと息を吐くと、先程よりも幾分か落ち着いた様子で、


「まぁ良い。少々手間が増えただけだ。……お前を殺した後にまた向かえば良い」


 言ってニヤリと笑ってみせる。

 俺は片眉を上げる。


「殺せると思ってんのか?」

「当然だ。我らが一介の人族如きに負ける訳無かろう」


 妙な自信をみせる眼前の男に、俺は思わず眉根を寄せる。

 多数の強敵と対峙してきた経験から、相手の実力を何となく理解できる俺からすれば、確かにAランク中位の魔物に匹敵はするが、それでも自身には到底及ばないというのが目前の男の評価である。


 ──何か手があるのか。それとも単に自身の実力を測れていないだけか。


 俺はひとまず探りを入れる事にする。

 額から角を生やし、翅を生やす種族など、俺の知る限りでは現代には存在していない筈なのだ。


「さっきから言っている我らってのは誰の事を言っている?」

「……ふっ、答える訳無かろう」

「額から生える2本の角に、背中の翅。更には魔物を従える人族の様な存在となりゃ、俺の知る限りでは1種だけだ」


 俺は細めた目線を男へと向ける。


「──魔族」


 男がピクリと反応を示す。


「図星か? けど理解できねぇな。魔族はとうの昔に滅んだ筈だ。何故生きている」


 過去に魔王や魔族という存在が居た事、そして魔王により生み出されたのが魔族や魔物である事は文献に載っている。

 また、その能力など詳細は描かれていないが、魔王や魔族は遠い昔に人族の勇者の力により滅んだともあり、その通りであれば目前に居る存在は一体何なのかという事になる。


 俺の問いに、男は相変わらずの余裕のある笑みを浮かべた後、


「……冥土の土産に教えてやろう。200年前、確かに我らは一度滅びかけた。しかし魔王様は、偉大なる魔王様だけは、勇者との闘いで生き延びた。そして孤独の中お一人で力を蓄え、10年程前に魔王様は我らに人族への復讐の機会を与えてくださったのだ!」


 謳うように声を上げる男。その表情から彼が魔王に心酔している事がありありと見て取れる。


「魔王……か」


 魔物を生み出した存在であり、暴虐の限りを尽くしたかつての人族の仇敵である。

 魔王が討伐されたとする過去の文献から今まで、魔王や魔族の生存に関する噂は一度として聞かなかった。


 男の話が真実ならば10年前に甦ったという。それならば、今まで一体何をしていたのか。


 そう思うも、現在こうして目の前に現れている事を考えれば、再び侵攻を進める準備ができたのか、とにかく決して良くない状況である事は確かだろう。


 俺は心の中で舌打ちをしながら話を続ける。


「んで、10年前に甦ったとして、お前らの噂は今の今まで一度として聞かなかった。それがどうして突然俺らの前に姿を現した?」

「ふっ。ここ数年で人族の前に顔を出すのは何も初めてではない。それでも話を聞かないという事は──」

「目にしたやつは全員殺したと」

「そういう事だ」


 言って男はニヤリと笑う。


 確かに犯人のわからない、不審死を遂げた個人、もしくは全滅した村や町の話を聞く事も多々ある。


 勿論男の言葉が真実かどうかはわからない。しかし仮に本当ならば、目の前の存在は間違い無く人族の敵だと言える。


「人族を殺したんなら……当然殺される覚悟はできてるんだよな?」


 言って鋭い視線を向ける。

 対して魔族の男は変わらず余裕綽々といった様相のまま、フンッと一笑に付す。


「その覚悟とやらは虫ケラ相手にも必要なものなのか?」


 何故こうも平静でいられる?

 俺は訝しげな表情のまま、


「──お前の力は精々Aランク中位って所か。それじゃ生憎俺は殺せないぜ? 見たんだろ? 俺がオーガキングを屠る様を」


 オーガキングと目前の男は恐らく同程度。ある意味では魔物と同族である男ならば、それは理解している筈だ。


「確かに見た。Aランク中位。我と同程度の力を有する魔物を屠るとは、なる程、人族にしては過ぎたる力を有している様だ」


 どうやら自分の力量は理解している様だ。


「なら、何故そんな余裕をぶっこいていられる?」


 俺の問いに、魔族の男はニヤリと口の端を歪める。


「人族は神から恩恵ギフトを与えられる。同様に我ら魔族も力を得る機会があってね──」


「来い──我が呪具じゅぐ《イビルリング》よ」


 男の指に黒いモヤが集まり、禍々しい指輪を形作る。そして──


「呪刻」


 瞬間、指輪が妖しく輝いた後、男の顔にジューッという肉が焼ける様な音と共に紅い線が刻まれていく。

 それは数秒間と続き、音が収まった時、そこには黒い痣の様なモノを顔に浮かべた男の姿があった。


 見た目の変化としては顔の痣のみ。

 しかし、その力が大幅に増加している事がはっきりとわかる。


 ……なる程、これが強気の理由か。


 Aランク上位。下手したらそれ以上の……こりゃ、本気でやってもギリギリか?


 俺は額に汗をたらりと流す。

 対し男は、


「ふはは、力が力が漲ってくる。……あぁ、魔王様。これならば、我は貴方様にあだなす忌々しい人族を嬲る事ができる。魔王様ぁ、魔王様ぁ!」


 ──狂ってんな。


 ヘリオは目前の男にそう評価を下す。

 感情の起伏が激し過ぎるのもそうだが、魔王という存在へ過剰に心酔する姿勢や、現在何やら魔王の名を口にしながら虚な目で虚空を見つめる様は、俺の物差しではあまりにも普通とは言い難い。


 魔族というのは、全員がこうなのか?


 男は人族程の賢さは有していない様に見える。もし魔族が全てこうならば、例え今後会敵したとしても多少はやり易くなるだろう。


 ──おっと。何が今後だ。まずは目前のこいつを何とかしねぇとだろ。


 例え理知的で無かったとしても、目前の男はAランク上位かそれ以上の力を有している。


 このレベルを相手にするのは俺でも初めてである。故に恐らくいつになく苦戦するだろうが、それでも街や皆の安全を考えれば、ここで何とかしなくてはならない。


 目前の男は相変わらずトリップしている。

 余裕の表れか、単に頭がイッてるだけか。

 どちらにせよ、現状の男が隙だらけなのな確かである。


 それに人型とは言え、人族を殺したとなれば賊と変わらない。ならば、処分するのが通常だ。遠慮する必要は無いだろう。


 俺はそう思うと、想定外に対処できる様に気を引き締めつつ、目前の男を屠るべく空を蹴った。

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