第67話 竜化と決意

 目前に居るのは、間違いなくヘリオさんだ。しかし、その姿は平時とは大きく異なっている。


 両腕両脚を覆う紅の竜鱗に、人族としてはまずあり得ない鋭く大きな鉤爪。

 肩甲骨の辺りからはこれまた竜を思わせる翼が生えており、ヘリオさんの細く締まった体躯を当然の様に空中に留めている。


「ヘリオさん、その姿は……」


 初めて目にするヘリオさんの姿に、僕は半ば呆然としながら声を漏らす。

 そんな僕にヘリオさんはハッとした様子の後、落ち着いた声音で、


「……あぁ、そうか。レフトに見せんのは初めてだったな。──竜化。俺のギフトだ」

「竜化……」

「相変わらず凄いギフトだよねぇ」

「そんな事は──っておい! よく考えたら何でお前ここにいんだよ!」


 僕の後方でうんうんと頷くウィルさんに、ヘリオさんはそういえばとばかりに目を丸くする。

 ウィルさんは相変わらずのほほんとした口調で、


「ヘリオ君たちに用があってね〜」

「用……?」

「うん、それがまさかこんなことになるとはねぇ」

「災難だった……と言いたい所だが、正直助かったわ。ありがとな、ウィル」

「いえいえ〜」

「ヘリオさん……」

「……レフト、すまんな。ギフト含め色々と詳しく説明してやりたい所だけど──どうもそうはいかないみたいだ」


 ヘリオさんの視線の先には、こちらに視線を向けたまま宙に浮かぶ不気味な男の姿があった。

 まず当然の如く宙に浮いている事が異常であるが、何よりも身体的な特徴として、額から天に向けて伸びる2本の鋭い角と、背から生える蝙蝠の様な翅があった。


 異様な様子の男が両手で顔を覆う。

 そして、指がめり込むほどに力を込めながら、独り呟く様に声を漏らす。


「……完璧な、完璧な策だった筈だ。それが何故──ッ」


 言いながら、男はギリと歯を食いしばる。

 その表情等からは憎悪が感じ取れ、僕は思わず顔を顰める。

 ヘリオさんもこうも憎しみを露わにする人型に対峙した事は無いのか、訝しげな視線を向けている。


 そんな中、男はあいも変わらずぶつぶつと小声で、


「……人族。忌々しい人族。思えばいつもそうだ。いつもいつもいつもいつもいつも──我らの邪魔をするッ!」


 男が指の隙間からジロリとこちらを睨み、同時に凄まじい殺意が僕達を襲う。


 ……ッ!


 今まで一度として向けられた事の無い、強烈な殺意に、僕の身体は勝手にガタガタと震え出す。


「……大丈夫」


 言ってウィルさんが僕をキュッと抱きしめる。ウィルさんの鼓動や体温を強く感じ、震えが少しだけおさまる。


 ヘリオさんは、そんな僕の様子をちらと見た後、今にもこちらに迫ってきそうな男へと視線を向けたまま小さく舌を鳴らした後、


「……ここじゃまずいな。リアトリス!」


 と、変わらず男を注視しつつ、リアトリスさんの名を呼ぶ。リアトリスさんはその言葉だけで理解したのか、


「えぇ!」


 と声を上げた後、すぐさま魔力を込める。


 男の殺意が高まる。


 ──来るッ!


 そう思った瞬間、ヘリオさんと男が光に包まれる。そして次の瞬間、光が霧散すると、そこに2人の姿は無かった。


 ──恐らく空間魔術による転移であろう。


「頼んだわよ、ヘリオ」


 ヘリオさんの居た方向へ目を向けそう呟いた後、リアトリスさんはフッと充電が切れたかの様に意識を失う。


「リアトリスッ!」


 倒れる身体をグラジオラスさんが支える。


「よくやったぞ、リアトリス!」


 激励を送るグラジオラスさんの元へ、すぐ様僕とウィルさんは向かう。


「リアトリスさん!」


 声を上げ、リアトリスさんの側に寄る。


「グラジオラスさん……」

「安心しろ、ただの魔力切れだ」


 グラジオラスさんの言葉の後、リアトリスさんの表情を見れば、確かに苦しげな様子は無い。呼吸も非常に安定しており、恐らくじきに目を覚ます事であろう。


 ホッと息を吐く僕。そんな僕に向け、グラジオラスさんは口を開く。


「……レフト、最後の仕事だ。ウィルと共にリアトリスを街まで連れて行ってくれ」

「わかったよ」


 すぐさま頷くウィルさん。

 僕は不安げに眉を顰める。


「グラジオラスさんは……」

「俺はこの通りまだ元気だからな! 魔物の残党を討伐してくる!」


 確かにまだ一部拠点では戦闘が続いている。グラジオラスさんが向かうのならば百人力である。


「レフト、頼んだぞ!」

「はい!」

「ウィルもよろしくな!」

「任せて〜」


 言葉の後、グラジオラスさんは僕とウィルさんに、リアトリスさんを優しく預ける。


 脱力するリアトリスさんに身体を寄せ、腰に手を回す。


 未だ10歳で平均よりも10cm近く身長の低い僕では、こうでもしなければ支えられない。


「手伝うよ」


 ウィルさんは柔らかい声音でそう言った後、風の魔術でふわりとリアトリスさんを浮かせる。すると意図せずお姫様抱っこの形になった。


「歩ける?」

「はい、大丈夫です」


 ウィルさんが常時補助してくれているからか、リアトリスさんの身体は異様に軽い。


 その軽さに、僕は力不足を強く感じた。


 ……ウィルさんの補助が無きゃ、僕はリアトリスさんを支える事も出来ない。


 今回の作戦も、全てはウィルさんの補助があってこそだ。


 勿論、助け合いというのは尊いものであり、それを否定するつもりは毛頭ない。


 しかし──


 今回のスタンピード、そして現在謎の男と対峙しているヘリオさん。


 やはり全てを総括して思ってしまう。


 ……もっと強く、大きくならなきゃ。


 守られるだけでは無く、皆を守れる程に強く、大きく──


 グラジオラスさんが僕達の元を離れていく。その姿を見送った後、僕は街へ向け歩き出す。


 未だ戦闘を行っているであろうヘリオさんに対する信頼と少しばかりの不安、今回の一見で強く実感した無力感、そして強く大きくなるという確かな決意を胸に抱えながら。

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